2017年10月26日 第43号

 朝起きたら手がしびれ肩がすごく凝ってねぇ。何だか心配で娘に話すとマッサージに行けと言うので行った。しかし、良くならない。結局、病院へ行ったら卒中だと言われ入院。2001年の夏、サンフランシスコでのことだった。保険がないから馬鹿みたいにあらゆる必要もない検査を行い、5日間の入院費が8万8千カナダドル。5日間の入院でMRIを5回撮影。インターンが4人いて各自がそれぞれの治療法を私(モルモット)に施した。保険がないから監査もない、だから自由にモルモットかギニペックとして私に治療テストを行ったと思う。どう考えても毎日MRIをとる病院って絶対ない。血液希釈剤も「注射を自分でやれ」と言われ、私はせっせと自腹に血液希釈液を注射し、また他のインターン生は飲み薬を勧めた。それもまた血液希釈剤だと知らずに全部飲み、とうとう3日目に全身がキューンと痛くなった。そして、とにかく痛みが和らいだ時、私は娘に付き添われバンクーバーへ戻る。問題が起きたのはそれからだ。帰宅したその夜10時に最後の注射が終わると、間もなく左足付根にバサという感じで痛みが広がった。救急車が来て、見習いを連れた救急隊員が私の足を見ながら「この足の付け根の痛みは便秘だ」説明している。私は慌てて「卒中」で今日退院したばかりだ説明する…とすぐに今度はまた血液希釈液の点滴を救急車の中で始めた。痛みはさらに増す。看護師ストライキ真最中のリッチモンド総合病院(RGH)へ入院。それから13時間激痛で呻き回る私にその点滴は続けられた。担当ドクターが「あなたは何も悪くないけれど痛みが酷いのでここに居させてあげる」と言った。

 やがて、ドクターチェンジとなリ、今度は薄い紫色のターバンを巻いたドクターが「これから自分が担当医だ」と挨拶に来たがすぐにいなくなり、ちょっとして戻って来た。彼はその間サンフランシスコの娘と電話で話し全体を把握。そしてRGHではあなたを治療できないからVGH(バンクーバー総合病院)へ転院と言われ、すぐに救急車でVGHへ向かった。車中引率のRGHの看護師と運転手との会話で分かったのは、「この患者の命は残り20分だ」だから、運転手(女性だった)に「早く行ってくれ」と頼んでいる。彼女は「サイレンを鳴らしていいなら19分で行く」と言った。もうその頃、私は頭がボーっとしていたが耳は聞こえていた。彼らの会話内容は私の病状についてだが、「血液希釈液の使用過多で体内出血し激痛の患者へ病院で13時間更に希釈液を点滴し、今、生命危険状態となった時、急にビタミン12の点滴に変え、転院となるなんて滅茶苦茶だよ」と言っていた。その間、腹の激痛はもうどう説明してよいか分からない。辛かった。そして、思った。「もし命が助かったら、将来どのような痛みの人に会っても、その痛みを私は理解してあげられるだろう」。やがて、失神したのだろうか、その後は記憶がない。 

 集中治療室から移った個室で私は覚醒し、ひどく喉が渇いていた。手を動かそうと思ったら右も左もチューブに繋がれ動かない。しかし、実はチューブだけではなく「麻痺」だ!とにかく大声で「誰か来て」と呼ぶと看護師が来た。そして水が飲みたい、口が気持ちが悪いと訴えるとすぐに口をすすぎ、水も飲ませてくれた。気持ちは一段落したが、両手麻痺には本当に落ち込んだ。「これから両手無しで生きていかねばならないのか?」麻痺感覚とは物凄く重い石のような両手がぶら下がった感じなのだ。ベッドの端に見える真白に膨れ上がった両足。「この足動くかなぁ?」ちょっと足の指先を動かした。「動いたぁ!」、「あれー、膝も曲がるかな?」そっと曲げてみた。「オー、曲がった!」これなら歩けるだろう。そして順番に、「目」見える。「耳」聞こえる。「声」話せる。「首」動く。「ああ、動かないのは両手だけ」そう思った途端に生きる希望が湧いた。 

 その後、RGHに戻りリハビリに専念。やがて、初秋には手も動くようになっていた。退院後、UBCの担当医の診察を受けた。彼は「なぜあんな早くVGHを退院したのか?(退院させられたのだがねぇ)そして、あなたの両手麻痺の原因は、首の後ろの血管が二ケ所詰まったことによる。一ケ所は、血管がオニオンの様に何重かになっていて、その一枚がはがれ反対側に癒着し、もう一ケ所は血塊だ」「やがて毛細血管が発達して同じ機能をしてくれるようになる。あなたのケースは非常にラッキーで普通助かるのは100人に1人だ」と言った。しかし、体内出血でお腹にできた血塊はなんと新生児大。ちょうど、当時妊娠8ケ月の次女とほぼ同サイズの大腹で、それから何年か生活し、開腹手術はなかった。ファミリードクターにいつになったらお腹が小さくなるのだと食ってかかった。優しい彼女は「ミセス許(ホイ)、必ず身体がそれを吸収するから辛抱しなさい」と慰めてくれる。また彼女は一度、今回の医療ミスを全て指摘して、黄色い紙に「訴えなさい!」と書いてくれた。

 それから約2年半、いつの間にか新生児大の2個の血塊が消えていったのだ。今でも思う。あの時、私を助けてくれたあの紫色のターバンの医者はインドのサイババ様のお使い?(まさかぁ)でも老婆はこの人体治癒力の不思議を知った。

許 澄子

 

 

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