2019年8月22日 第34号

私たちが直面している真の疑問は、「私たちは何になりたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない。

 世界40カ国で刊行の世界的ベストセラー、『サピエンス全史』は、人類の歴史に対する新たな視点を提供し、文明が人々にもたらしたものが何であったかを個々の読者に突きつける話題作、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの著書です。

 「文明とは?」、「社会とは?」を問うには、「自分とは?」という問いに答えなければならなくなります。

 今月のノベルは、千葉にお住いの小高公美世さんの『自分とは』。全文でご紹介します。

 

 たくさんのカモメが、釣り漁船の上を旋回し魚の生臭さと、潮風の香りが辺り一面にたちこめている。シンヤは白いワイシャツを第2ボタンまで開け、赤と紺のチェックのネクタイをだらり締め、どことなくオシャレさを感じさせる服装はこののどかな景色の中ではとても浮き立っていた。沈みかける太陽の光を背にうけ、均整のとれた顔だちの特徴的な鋭い目はうつむきながら水たまりの中をどぼどぼと靴が濡れることもまるで気にしないかのように誰もいない漁港を一人真っ直ぐ歩いて行った。

 漁港から丘を少し登ったところにある家の玄関は潮風で少し開きにくくなっている。ちょうどお父さんが漁から帰り、早めの寝酒をちびちび一人味わっているところだった。

 「おーシンヤ、またそんな格好して! お前の友達はみんな子どもらしく外で遊んでら。どうしてお前は…」

 お父さんの言葉も聞き終わらないまま、二階の自分の部屋に行きレコードを音量を上げてまた自分の世界に閉じこもるのだった。まだ11歳のシンヤ。4歳で母を亡くし、まだまだ甘えたい気持ちを抑えていた。

周りのみんなはお母さんと手を繋いで歩いているのになんでボクにはお母さんがいなくなってしまったんだ?

どうして、ボクは ここに生まれたんだ?

ボクは何なんだ?

ボクも死んだら、どこに行くんだ?

消えてなくなってしまうのか?

 堂々巡りの頭の中と、いつか消えてなくなってしまうのかもしれない自分というものへの恐怖はシンヤを深い暗闇に閉じ込めるようだった。

 シンヤの寂しさと自分の内側への思考は、シンヤの独自の世界をつくっていた。自分を見せる服は人と同じでは嫌だった。これがボクだ!という田舎のこの町では見たこともないカッコイイ服を着たい。同級生はみんな自分より幼い子どもに見えた。誰とも話したくなかった。自分の考えていることを隣の席の子に話しても、とうてい理解してくれるとも思わなかったからだ。だから、いつも休み時間もひとり黙々と本を読み、放課後もひとりみんなと違う道を通り家に帰るのだった。そんなシンヤを同級生は、どう関わって良いかわからず時々ふざけながら馬鹿にしようとするのだが、鋭い目で睨まれると誰も何も言えなくなるのだった。

 ビートルズを聴くことがシンヤの心が解放される時間だった。音のハーモニー、どの曲も何か心に躍動感をくれた。テレビで観るステージの彼らはとても格好良く、メッセージが心に響くのだった。お母さんに会いたい。誰にも理解してもらえない孤独感を背負いながら、シンヤはすっかり声変わりし、お父さんの背を超す年になっていた。イヤホンをしながら、いつものようにうつむき漁港を歩いていると、前から丸坊主のユウジと小太りのコウタがモジモジとシンヤに向かって歩いてきた。大きな音で音楽を聴いているシンヤには二人が何を言っているのか聞き取れなかった。二人を無視して通り過ぎようとしたとき、少し恥ずかしそうにユウジが背中に隠した大分すり切れた音楽雑誌をシンヤの目の前に出したのだった。その表紙には、ビートルズが堂々と載っていた。シンヤはハッとした。そして、はじめて目の前の二人の目を見ると、そこにはワクワクした初めてとてもカッコイイものを見つけた!という眼差しがあった。

 シンヤは胸の深くから湧き上がる熱い思いを感じた。そして満面の笑みでユウジとコウタに「俺んち来いよ!」そう叫び、三人は走り飛びはねながら潮の香の中、風をきり走って行った。太陽はオレンジ色の眩い光ですべてを包んでいた。

 

 「ノベル・セラピーを受けて、いつも楽天的でフワフワ生きている私の中にこんな哀しさと強烈な自己表現と仲間を望む思いがあったことに、自分自身正直驚きました。このノベルは私の中でそれからずっと響き続け、今年友人から誘いを受けた、“ミセス・ジャパン”コンテストに出場することになり、とことん自分と向き合い内外の美を磨く中で、この根底にあった自己表現が本当の仲間を作り、この世界に私が求めていることが、人生を生きる魂の高まりと喜びを表現するものだということがわかりました」

 このコンテストでファイナリストを獲得した公美世さんは、コンテスト終了後、美声メゾット講演師として新しい活動をスタートされました。

 本当の自分にたどり着く時、人の可能性は無限大です。ノベル・セラピーで新しいあなたを進んでください。

 


Ojha Emu Goto ノベルセラピスト

 日本で雑誌,広告制作者として活躍していたが、98 年にカナダに移民。光の色波動を用いるZenith Omega Healing( ゼニス・オメガ・ヒーリング)のマスターティーチャーヒーラー。月刊ウェブ・マガジン “Cradle Our Sprit! ” www.ojha-angel-vancouver.net / 編集長。しらゆきのゆめ出版代表。

 著書に「アカシック・レコードの扉を開ける〜光の鍵」明窓出版(2010 年)。 ノベル・セラピーのテキストを兼ねた小説集「しらゆきのゆめ」を昨年末出版した。同時に 『しらゆきのゆめ』出版を設立し、バンクーバーの日系社会のみなさまの自費出版をお手伝いさせていただいている。

 昨年3月に日本縦断ノベル・セラピーワークショップツアーを行い、現在ノベル・セラピーで誕生した物語を Pod Cast での世界に向けたインターネット配信を準備中。ノベル・セラピーワークショップは随時開催している。ノベル・セラピー協会HPは、https://ojhaemugoto.wixsite.com/novel 自費出版及ノベル・セラピーのお問い合わせはThis email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it. まで。 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。