2019年5月2日 第18号

 この頃、本を読みながらこの老婆は悩んでいる。とにかく、自分の語彙力の無さを痛感する。理解できない単語が多くて困るのだ。特にカタカナ文字が分からない。仕方ない、全部グーグルで調べ、それを書き出しリストを作り、少し、少〜し、読んでいく。それとなく若い人は、このカタカナ単語が分かるのかなぁ?とふっと思い、17歳の孫に聞いてみた。

 彼女は5歳でジムナスティックを始め、深川チャンピオンといわれ、14歳で『シルクドソレイユ』のオーディションに受かり、15〜16歳までモントリオールのシルクドソレイユの付属中学で勉強しながら大好きなサーカスをやっていた。…が突然、バンクーバーへホームシックで帰ってきたきり戻らない。でも、「でんぐり返し」が大好きだから、今度は日本へ行き「女忍者」つまり「くの一」修行を始めた。今は日本の大学へ入学希望で、高校卒業資格取得の為ここで勉強しているみたい。

 「レイナちゃん、貴方ぁ、『サイボーグ』『ホモサピエンス』『ゲノム』『ミトコンドリア』、『ヒエラルキー』、『ホモデウス』、『ナノロボット』『知識のパラドックス』『コミケ』『メタファー』ってなんだかわかる?」、「えぇ!分かるんだぁ」。彼女は知っていた。そして、「ヒエラルキー」がなんであるか、「ゲノム」も「ナノロボット」も「アルゴリズム」も、この婆さんに丁寧に説明してくれるのだった。「ああ、驚いた。」彼女は17歳。それが2019年、現代の若者達の言葉なのだろうか? しかし、娘に言わせると「ママの英語力の弱さ!」の一言だった。

 1960年代に航空会社勤務の私は3カ月の仮採用が終り、本採用と同時にドイツのハンブルクにあるトレーニングセンターへ送られた。12カ国の空港から1名ずつ、12名、この新入社員達はここでいろいろ勉強する。世界地図から始まり、広い範囲で地球上のいろいろを学ぶ。当時でもルフトハンザ・ドイツ航空機が飛ぶ国々と空港数は170カ所以上あった。アフリカのある「国名」が1年で変わって驚いたり、カナダ1国の時間帯がなんと「太平洋、マウンテン、セントラルスタンダード、セントラル、アトランティック、そして、更にニューファンドランド」と6種類もあると知ったのもその時だ。それは、コンピューターも計算機もない時代。トレーニングで学ぶ、我々の主な仕事は計算、だから、私は「算盤」をもって行った。しかし、クラスで「算盤」を使い始めた途端、全員から苦情が出た。「使ってはいけない」と言う。そして、全員「筆算」だ。「算盤!」あんなに素晴らしい便利な物を使ってはいけないと言われたのだ。幸い、翌年は「ゼーハイム」というフランクフルトの空港からバスで30分くらいの所に素晴らしいトレーニングセンターができた。水泳プールも、ボウリング場もあり、山の中腹で週末はハイキングもできる。広いセルフサービスの食堂がまた良かった。それよりなにより、一番うれしかったのは小型「計算機」が一人一人に渡されたことだった。我々クラスの全員は「わぁー、コンピューター、コンピューター!」と大騒ぎだった。

 あれから半世紀以上時を経た今、思えば辞書を使っての読書、それは学生時代にはやった。でも、まさか「グーグル」で一字、一字、調べながらの読書、娘の言う通り英語力の無さだろう。それでも知識欲は満々、毎日奇妙で変な本を読み続けている。孫のレイナが「グランマーってまじめだねぇ」と言った。

 ある本の中には、その昔、100人自分の子供を作って、90歳で大往生したエジプトのファラオ「ラムセス2世」の話から、人間の身体の各器官を「人工物」に置き換える「改造人間」の事。また、「人間の本質とは」とか、生物はただのアルゴリズムであり、「コンピューターが貴方の全てを把握する」とか、生物工学と情報工学の発達によって、資本主義や民主主義、自由主義は崩壊していく「人類は何処へ向かうのか?」なんて書いてある。そして、また体内に入る「ナノロボット」は1億ものバクテリアを保持可能、自力で推進もでき、このロボットが持つ「バクテリア」に大量の薬を持たせ、体の中の腫瘍部分まで、抗ガン剤など薬を直接運ぶことができる、それなら癌の治療も可だと言う。老婆には生物工学や情報工学が何であるか、しっかり理解できていない。しかし、それでも未知の世界が大昔のどこかにもつながり、老婆の好奇心は果てしなく広がる。

 でもねぇ、やっぱり「熊谷守一」の画中に描かれた、静かで小さな日本庭園と猫と蟻の世界が、老婆の心を和ませてくれる。それもいいのだよなぁ。  

許 澄子

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。