2020年3月12日 第11号

 知り合いに、家族ぐるみでお付き合いのある80代の女性がいます。もとは義理の両親の友人ですが、義理の両親が亡くなった今も、事あるごとに家族で訪ねて行く間柄です。現在は一人暮らしで、悠々自適の生活を送っています。さすがに、飛行機に乗ることや時差ぼけが辛くなったといって行かなくなりましたが、数年前までは、毎年、お気に入りの場所に海外旅行にも行っていました。写真を撮るのが好きで、撮った写真をPhotoshop(フォトショップ)で加工もします。その写真は、住んでいるコンドミニアムのロビーに飾られることもあり、なかなかの腕前です。日課は散歩。天候により外で歩けない場合は、近くのモールの中を歩きます。

 先日、その人と電話をした際に、寿命の話になりました。去年から今年にかけてのかなり短い間に、親戚が相次いで亡くなり、よく考えたら、とうとう自分が親戚の中で2番目に年長になってしまったというのです。心は二十歳の頃と変わらないのに、仲のいい昔からの友人たちもほとんどが亡くなり、周りの人の目には明らかに「お婆さん」に映っていることも感じ、改めて自分の歳を実感するとも言っていました。

 カナダも多くの先進国の例に漏れず、年々、平均寿命が伸びています。しかし、自立した生活をし、日々を楽しく過ごすことができれば、長生きの価値はあるが、自分の身の回りのことができず、ましてや寝たきりになり、元気な時の「生活の質」が保てないのであれば、長生きすることに意味があるとは思えない、というのが彼女のスタンスです。すでに80を過ぎ、ひと世代違う私より「最期の時」を間近に控え、死ぬことよりも、寝たきりになってまで長生きすることのほうが怖いと言います。

 何事も現実的に考える人なので、一人暮らしということもあり、リビングウィル、事前指示書や遺言書など、いつ何があってもいいように準備ができています。ですから、もし寝たきりになるようなことがあっても、周りがどのように対応すれば良いか決まっているはずです。はっきり尋ねたことはありませんが、もしかすると、寝たきりになる前に、何らかの健康上の理由で「生活の質」が保てず、死期を待つしかない状況になったら、カナダでは合法化されている「尊厳死」を選択すると心に決めているかもしれません。

 さて、「生活の質(クオリティ・オブ・ライフ、Quality of LifeまたはQOL)」とは、一般に、人生の内容の質や、肉体的、精神的、社会的、経済的なすべての面での生活の質を意味します。つまり、ある人がどのくらい人間らしく、自分らしい生活を送り、人生に幸福を感じているかということを尺度として捉える概念です。例えば、病気の治療や療養生活を送る人が、病気の症状や治療の副作用などにより、治療前と同じような生活ができなくなることがあります。このような変化がある中で、納得のいく「生活の質」を保つことを目指すという考え方です。治療方法を選ぶ時に、その効果だけでなく、どのくらい「生活の質」が保てるかどうかを考えることも重要になります。

 日本人女性の平均寿命から考えると、途中、寿命を縮める大きな出来事が起こらなければ、私にはあと数十年は時間があることになります。しばらく前までは、とにかく長生きがしたいと考えていましたが、いろいろな状況を目の当たりにし、「生活の質」を犠牲にしてまで長生きする必要はないと思うようになりました。この世で与えられた時間が平均寿命に満たなくても、その時間を生き切ることのほうがよほど大切とも思えます。

 死ぬことに対して、最後まで悟りの境地に達することはないかもしれません。しかし、残される家族のためにも、死に方を考えることが、生き方を考えることだと思っています。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

 

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