2017年2月9日 第6号
イラスト共に片桐 貞夫
「相手は、ひ、一人や二人じゃねえ」
「あんたにゃ、村の人がいたじゃねえか。いくら働いても、金利さえ払ぇねえ村の人がよ」
「百姓になにができる」
「『かみや』で巣喰うゴロツキも、元をただしゃ百姓よ。あんたと同じ水呑みだ。あの目なしのドロ狸が一匹、この世から消えてくれりゃあよかったんだ。あいつさえいなけりゃー、ゴロツキ共はちんちんバラバラ。この女たちも死なずにすんだんだ」
源六の頭が垂れている。ジッと土盛りの一つを見ている。
「源六さん」
源六のうなだれた様子を見てから、リュウはフサのことを明かした。
「きんのうの旅の女なんだが、あれはあたしの相方なんだ」
リュウと昵懇のフサが、くまおとこと誤称されている栄助の無実を証すために、病気女を装って、昨夜、その肉体を籐左右衛門に任せたことを言ったのだ。
「…」
源六にはわからない。この女は誰なのか。この異形はどうしたことか。栄助とどういう関係があって、なんのためにこんなことを言うのか。そして、どうしようというのであろう。しかし、女の言っていることはわかる。それは、源六自身、何年間にもわたって腹の中で叫び続けてきたことなのであった。
リュウが続けている。
「籐左右衛門っていうのは、女の肉を噛む癖があるんだろう。極みの時、みさかいもなく女の身体にかぶりつくっていうじゃねえか」
リュウは、昨日、妙願寺に行くふりをして、ふたたび上田の村に行った。籐左右衛門の性癖を探ってきたのであった。
「ウウウ…ウウウ」
源六の喉奥から嗚咽のような唸りが出た。
リュウが声を変えて言った。
「源六さん、もうすぐしおきの御公中が来る。その時、あたしゃ籐左右衛門を突き出すつもりだ」
「え」
「わかってる。訴えごとは法度だ。斬り捨てられるかも知れねえ。お手討ちになるかも知れねえ。けんど黙っちゃいられねぇ。こればっかりは放っちゃおけねえんだ」
「そんなこと」
できるわけがない。この琉球女は気が狂っているとしか思えない。
「あたしゃティーをする。琉球柔らの心得があるんだよ。ごろつき共はあたしがなんとかできるんだ。いいかい、源六さん。籐左右衛門は高利を貪って上田の女たちを手玉にとり、加減もしねえで噛みつくことまでした。あげくに死人に変えて口を塞いだんだ。こりゃあどう考えても地獄に堕ちなけりゃならねえバケモノだ。お上が聴いてくれなけりゃその場で殺す。あたしゃ斬り捨てられる前に、フサさんと一緒に籐左右衛門を殺すつもりなんだ」
「ウウ…」
源六が唸った。
「源六さん、どういうめぐり合わせかあたしも三人の娘の世話をするようになってね、その内の一人がサキっていうんだ」
「サキ? …サキって」
「そうなんだ。栄助の妹なんだ。籐左右衛門が千隆寺に売った娘なんだよ。あたしゃその子の兄ちゃんを救けたいんだ。サキの兄ちゃんは、なんにも悪いことしてねえのにくまおとこなんて呼ばれて首をはねられるんだよ」
「わ、わかった! わかった!」
源六は膝をついて腹中の臓物でも吐き出すかのように言った。
「俺がやる。俺にさせてくれ!たのむ。俺に、俺に栄助を救けさせてくれ! 俺一人斬られればいい。俺が喋べったる。俺が全部、喋ったる! …ウウウ…俺があの野郎を殺したるー」
源六の興奮が鎮まるのを待って、リュウが口を開いた。
「源六さん、わからねえことがあるんだ」
喋る言葉は荒っぽいが、リュウの音声だけは女のものに戻っている。
「藤左右衛門は、どうして栄助に濡れ衣を着せたんだい。どうしてわざわざ村の権三に滝壺に行かせて、死体を見つけさせようとしたんだ」
「そりゃこういうことなんだ」
源六は、腹を据えたように喋りだした。
「富次の二度目の女房ハツ、つまりサキの母ちゃんにも籐左右衛門の手が伸びた。拐かして手籠めにしたんだ。それを栄助に見られちまったんだよ」
「そうかい。やっぱりそうだったんかい。ところで、そん時、いくつだったんだい栄助は」
(続く)