2017年2月16日 第7号
イラスト共に片桐 貞夫
「十になっていなかった。知恵がなくって口がきけねえ。けんど好きだったんだ、栄助はおハツさんが好きだったんだ。…ウウウ…栄助は母ちゃんが帰ってこねえんで……ウウウ、赤ん坊をおぶって来たんだ。…サキをおぶって、毎日、おやしきにやって来たんだ。…ウウ…いつまでも、外に立ってた。お、追っ払われても追っ払われても…き、来たんだ」
「母ちゃんを、母ちゃんを、か、返してもらいに来たんだね。栄助はおハツさんが好きだったんだものねえ」
リュウも布きれを出して目を拭いた。
「籐左右衛門は、栄助が大きくなって少しでも知恵がついたらと心配だったんだ。だから殺した女を滝壺に捨てて、その上流に住む栄助に科を着せたんだ。チ・チクショー!」
「栄助は口なしだからねえ」
打ち首にし向ければ唖が治ることはないし文字を書けるようになることもない。
「そうかい。そうだったのかい」
「す、すまねえ。…ウウウ」
陽はまだ出ないが青い空がのぞいている。互いの表情が判るようになっている。
「どこにおハツさんは埋まっているのかねえ」
リュウは、色のつきだした草むらに目をやった。
「栄助の母ちゃんもどこかに埋まっているんだねえ」
「ウウウ…」
源六が妻の土盛りの前で額を地面になすりつけた。
その時、リュウが顔を上げた。身体をまわしてから源六に言った。
「奴らが来る」
「え」
「源六さん、ちょっと、隠れててくれないかい」
「……」
リュウの言葉に源六は黙って立ち上がった。小野家の墓地の方を見た。まだ人影はないが、リュウは籐左右衛門の飼う男たちが来ると言っている。
「おリュウさんは?」
「源六さん、あたしのことは心配ないからいなくなっておくれ。あたしにゃこれがある」
リュウは脇下の杖を持ち上げて言った。
「琉球では金剛杖っていうんだ」
太めの樫棒は三尺足らず。手元の一端に六寸ほどの取っ手がとび出している。
暗がりのいっかくが蠢めいて人影に変わった。ひそひそと喋りながら、草むらに立ちつくすリュウと源六の姿を認めた。
「やっぱりここだ」
「源! お前ぇ、なにしてやがるんだ」
「やい、おんな!」
「てめえら二人で、… ヤロー!」
六人に一人の浪人風の男が混じっている。リュウと源六に近づいてきた。
「源、てめえ…まさか」
仙次郎が、凄まじい形相で源六を睨めつけた。
源六が悲鳴のような声を上げて答えた。
「お、お、俺ぁ、お・俺ぁもう」
「なんだとー! てめえ、喋りやがったな」
仙次郎は、源六に跳びかからんばかりに顔を怒らせている。
「やいやいやい」
張り裂くような声が上がった。リュウであった。
「てめえたちゃやくざのつもりかい! 一人前ぇの博労になったつもりでいるんかい! ふん、あきれたよ。馬鹿さ加減にものも言えねえ。てめえたちの父ちゃんはなにしてる。生んでくれた母ちゃんは、今頃なにをしてるんだよ! 一粒でもよけいに米を作ろうと、田んぼで泥だらけになってるんじゃねえのか!」
「う、うるせー!」
「そうだろう。今頃はとっくに田んぼの中だ」
「お、俺たちに親なんてねえ! 黙って聞いてりゃ、よけいなことばっかりこきゃがって」
仙次郎は吠えながら頭をかしげた。
わからない。三日前から「かみや」に居座った異貌な女がヤクザのたんかを切った。それが、六人の男を圧倒するほどに凄まじいものなのだ。
…だれなんだ。なぜなんだ。どういうことなんだ…
しかしどちらでもよかった。殺してしまえば同じことである。
「死なしたるぜ。そんなにここが気に入ったのか。そんなにここに埋めてもらいてえのか」
仙次郎がドスを抜くと他の四人もそれにならった。
リュウが唾を吐いてから言った。
「ふん、そのドスかい! そのドスで女たちを殺ったのかい」
二人のドスは大刀のように長い。
リュウが樫杖の取っ手を右手でつかみ、ゆっくりと目の高さにまで上げた。左手は杖の中ごろを支えている。
(続く)