バンクーバーの「サラリーマン僧侶」
深草しのぶさん インタビュー
今年5月、京都市下京区にある浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺で得度式を受け、新しく僧侶になった62人の中にたった一人だけ、カナダからの参加者がいた。JTBIカナダに勤務する会社員、深草しのぶさんだ。海外在住の一般人であり、現役の会社員でもある女性が僧侶を目指すのは非常に珍しい。明るい笑顔と穏やかな語り口が印象的な深草さんに、僧侶になるまでの道のりや今後の抱負を聞いた。
今年得度し、僧侶になった深草しのぶさん。法名は釋偲草(しんそう)。スティーブストン仏教会で
◇母の死をきっかけに、僧侶の道へ
子どもの頃から身近に感じていた仏教だが、それを本格的に学びたいと思ったきっかけは、最愛の母の死と自らの病気だった。死ぬことに向き合い、それをなかなか受け入れられず、深い悲しみの中で毎日、母の遺影の前で手を合わせた。しかし自分ではお経が読めず、それを学びたいという気持ちが生まれた。同時に、愛する人を失うというたとえようもない苦しみを、たくさんの人が抱えているということに気づいた。「辛い思い、悲しい思いをしている人の助けになりたい」。その思いを胸に、スティーブストン仏教会で手伝いながら、通信教育で仏教の教えを学び始めた。仕事との両立に苦労しながらも、2年に一度は日本でのスクーリングにも通い、7年の年月をかけて学習課程と専修課程を修了。そして今年、得度を迎えた。
◇得度で学んだ、ありのままを受け入れること
得度習礼では、現役の大学生から定年退職者まで、老若男女の仲間たちと本願寺西山別院で研修した。毎朝午前5時半に起床し、ひたすら学ぶ11日間。分刻みのスケジュールの中、余計なことを考える暇は全くない。長時間の正座で、激しい足の痛みにも苦しんだ。しかし寺の中で念仏を唱える日々の中で、仏様の存在を今までの人生で最も強く感じた。不完全な、ありのままの自分を受け入れてくれる存在がいる。だから自分も他者を受け入れることができる。それまで抱えていた悩みや迷いがなくなっていった。辛抱強く指導してくれる先生たちに支えられ、強い絆で結ばれた仲間たちと過ごした時間は、かけがえのない思い出だ。
◇会社員でも僧侶でも、人を幸せにしたい気持ちは同じ
僧侶となった現在はスティーブストン仏教会で住職の補佐をしている深草さんだが、本職はJTBIカナダ・団体課企画のスーパーバイザー。さまざまな団体の旅行を担当するだけでなく、近年はグローバル人材育成のプログラムにも力を入れている。日本の大学生を対象に、英語研修と実務研修の機会を提供するJEIC(JTB Educational Institute of Canada)への参加者は年々増加しており、JTBグループ全体の中でも注目を集めている。また2015年には、JTBIの一員として、カルガリーで開催される第15回世界仏教婦人会大会を担当することになった。僧侶であることを生かして、JTBと仏教関係者の橋渡しをできることが嬉しい。会社員という世俗的な職業に就きながらも僧侶になったことで「珍しい」と言われるが、働くことを通して人を幸せにしたいという気持ちは、会社にいる時も、寺にいる時も変わらない。
◇命を大切にしてほしい
世界に目を向けると、悲しいことがたくさん起こっている。特にボストン・マラソンでの爆破事件のように、大人が本来守るべき存在である子どもを巻き込み、その命を奪う事件には涙が止まらない。「すべての人に、命を大切にしてほしい」、それが何よりも強い願いだ。大学時代からバックパッカーとして世界を旅してきた。異なる国や文化に生きる人とも分かり合えると実感してきた深草さんは、「皆さんから慕われ、信頼されて、広く世界で活動したい」と抱負を語る。僧侶として歩み出した深草さんの今後の活躍が楽しみだ。
毎年必ず登るGrouse Grindで。体を動かすのが好きで、休日は趣味のカメラを手に出かけることが多い
(取材 船山祐衣)