2017年12月21日 第51号

 前回の「不満を抱く人を気持ちよく動かす」には、後日談があります。

 まず、娘の苦手な上司の話には、あれから本人も驚くようなことが起こりました。

 これは、本人が苦手な上司に『歩み寄る気持ちを持ってみよう』と思ったことが功を奏したようです。状況は何も変わっていないのだけれど、少しでも上司の気持ちを理解しようと愚痴を言うのをやめ、これまでの自分の態度を振り返ったようです。すると数日後、仲良しの先輩から「いま、居酒屋にいるから、もしよかったら帰りに寄らない?」と誘われ元気よく二つ返事。行ってみると、なんとそこには、あの苦手な上司も同席していた。その場は、お互い普通に会話をしていて、仕事の話はしなかったのだそうです。

 しかし帰り際、仲良しの先輩の話によると、「『自分はいつも福本には厳しい事ばっかり言っているから、ここに自分がいることを知ったら、きっとあいつは来ないだろう…』と言っていたのよ。だから私は、あの上司がいることをあなたに教えずに誘ったの。当然あなたは何も知らずに来たわけだけど、あなたがちょっと席をはずしたときに、上司は『あなたと話すことができてうれしかった』と言っていたわよ」と先輩が教えてくれたの、あの上司も私の事を気にしてくれていたみたい、とうれしそうに話してくれました。

 私はこの話を聞いて、これまで歩み寄りの気持ちは、相手の方が救われたり、助かったりするものと思っていたのですが、時に自分が救われることもあるのだと思いました。それに気付いた娘はピタリと愚痴がなくなり、「上司はAのやり方で、自分たちはBのやり方で、方法は違うけど結論はあまり変わらないと思っている。しかし数日前にあの上司と居酒屋で会話ができたことがきっかけで、上司の方法もやってみた。すると思ったとおり大きな差はなかった。そして上司と話し合った結果、自分たちが慣れている今の方法で落ち着いた」というのです。

 誰にでも苦手な人はいるものです。苦手というのは、自分の意見を拒否されるからです。今回の件は当然娘にも非があったことでしょう。しかし、歩み寄ろうと思った事が自分をラクにさせました。私も娘の笑顔が増えたことで、めでたしめでたしです。

●そして次は、陽さんの話です。

 私は研修講師がなぜ4、5回質問をしただけで陽さんに希望を持たせることができたのか、疑問を持ったので質問をしてみました。

 すると、研修は4日間続いたそうです。その間、陽さんはみるみるうちに成長して「もっと教えてください!」とお願いされ、お辞儀の仕方や、お茶の出し方を教えたそうです。研修講師は常に型だけではなく、なぜ、そうしなければならないか、という理由を説明して納得させた。

 そして「このようにされたら『お客様はうれしくなり、あなたのことをきっと好きになるはず!』」と話した。「もし、そのお客様が陽さんを好きになったら、陽さんは『ありがとう』と感謝され、さらにお客様の知人にも紹介してもらえたら、あなたはますます感謝されるのよ」と、行動することの大切さを教えたそうです。陽さんは、「いつも誰かから言われたことだけしかやらなかったし、言われたことだけやっていればいいものだ、とも思っていた。そしてどうせ何をやっても自分なんて…」とプライドを持てないでいたようなのです。

 前回の掲載で研修講師が「陽さん、あなたがこの会社のシンボルなのよ」と言った瞬間に、急に表情が明るくなって、「そうかあ!俺がシンボルか〜!」という一節がありましたね。

 私は、この一言で陽さんは、自分にプライドを持ったのだと思います。「教えてもらってもいないのに、できるはずがない」と思うのは誰しもが思うこと。そこにプライド(誇り)をもたせて仕事をさせることがいかに大切かというすばらしい事例でしたね。

 陽さんは、初めて仕事に誇りを持ったのでしょう。そして一生懸命仕事をすると、どれだけ自分が幸せになるのか、仕事の楽しさを教えてもらったのです。もう「どうせ自分なんて…」という卑下する気持ちとはさよならですね。

 

●今年も読者の皆様には大変お世話になりました。4月に帰国してあっという間に半年が過ぎました。現在は、千代田区にある日本料理店のコンサルタントと台東区の料亭の女将さんに日本料理のテーブルマナーを指導しております。短期間でもバンクーバーに滞在し、ゆったりした時間を過ごせたことで精神が落ち着きました。そして日本語学校で子供達にテーブルマナーを教えたことで更に自信を付けることができました。ゆえにバンクーバーの土地とバンクーバーの皆様のお陰です。誠にありがとうございます。これからもみなさまの健康と益々のご発展を心より祈念いたします。どうぞ、良いお年をお迎え下さいませ。また、来年も引き続きよろしくお願い申し上げます。

 


 

著書紹介
2012年光文社より刊行。「帝国ホテルで学んだ無限リピート接客術」一瞬の出会いを永遠に変える魔法の7か条。アマゾンで接客部門2位となる。
お客様の心の声をいち早く聞き取り要望に応えリピーターになりたくさせる術を公開。小さな一手間がお客様の心を動かす。ビジネスだけでなくプライベートシーンでも役立つ本と好評。

福本衣李子 (ふくもと・えりこ)プロフィール
青森県八戸市出身。接客コンサルタント。1978年帝国ホテルに入社。客室、レストラン、ルームサービスを経験。1983年結婚退職。1998年帝国ホテル子会社インペリアルエンタープライズ入社。関連会社の和食店女将となる。2005年スタッフ教育の会社『オフィスRan』を起業。2008年より(社)日本ホテル・レストラン技能協会にて日本料理、西洋料理、中国料理、テーブルマナー講師認定。FBO協会にて利き酒師認定。

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。