2019年3月21日 第12号

町で見る野生動物

 カナダのように周りに自然がいっぱいの国では、人口が集中している町中でも本来なら山中に住むべき野生動物が出現するのはめずらしいことではない。ビクトリア市の場合、その代表格は何と言っても鹿である。

 今やその数があまりにも多く、交通量の多い道路でさえも悠然と闊歩している姿を見かける。こうなると果たして「野生動物」と呼べるかどうかわからないが、時には「クーガー」などが姿を現したりもする。

 しかし元々は彼等の住処だった所に人間が入り込んで来たのだから、食べ物を求めてさ迷う姿が住宅街で見られたとしても仕方がないのかもしれない。と、百歩譲ってはみるものの、ちょっと想像してみてほしい。真っ昼間にいつも歩いている歩道で、眼光鋭いクーガーに突如出くわした時のことを!一体そんな時には、一目散で逃げるべきなのか、急ぎ物陰に隠れるべきなのかわからないが、恐怖で固まるであろうことだけは想像できる。

鹿問題

 もちろんクーガーの出現などはそう度々起こるわけではない。だが「鹿問題」は今や極限に達し、どこの市町村でも住民からの苦情が絶えず「のっぴきならない問題」になっている。

 「やっと成長した野菜の芽を、夜中に根こそぎ食べられてしまった」「鹿よけの網は役に立たずバラの蕾が全部食い荒らされた」「裏庭は糞がいっぱいで、外に出られない」などなど。

 そこで鹿が一番多いとされるビクトリア市南端に位置するOak Bayと呼ばれる高級住宅街で、いよいよ「手段を講じる」ことになった。住民やセンサーを使って集めた情報によれば、この小さなコミュニティ(人口約1万8千人)には72〜128頭が生存しているという。

 さてその手段とは、雌鹿に「産児制限」を施して産まれる小鹿の数を制限しようというのである。これはアルバータ州などでは、野生馬の産児制限をする時に使用される方法であるとのことだが、女鹿に対してはカナダで初めて施行されるため大きなニュースになっている。

 ではその「仕掛け」がどの様に行われるかといえば、発情期を迎える3月下旬ごろから夏にかけて産児制限用の薬を注入したダーツ(矢)を女鹿めがけて放ち、体内に薬が廻ってよろけるのを待ち、センサーを設置した輪を首に掛けるのである。その後は地域に仕掛けた何台かのカメラが彼らの行動を監視する。

 昨年すでに20頭ほどに仕掛けを施し、血液、糞、DNAの検査を行った。今後はこの女鹿の状態を見ながら将来に向けてさらなる仕掛けの数を増やす計画である。すでに80頭分ほどの薬が用意されているとのことだ。

 当然ながらこうしたドラッグ、各種の器械、関係する人々への経費などを手に入れるには、それなりの予算が必要である。対象地域の地方自治体、州政府、野生生物管理協会などからの予算が取れなければ計画を継続できないため、関係者は非常に慎重である。

 ところでこの産児制限の薬とは、体内には残らない「Zonastat-D」と呼ばれるもので、最近アメリカで承認されたドラッグだという。もし将来この薬を施された鹿肉を人間が食しても、人体への影響はないそうだ。

 今までも間引き、罠仕掛け、その他いくつもの方法を実行したものの、どれも効果がなかった。

 カナダには165万頭もの鹿が生存しているとかで「鹿問題」に悩むコミュニティーは多いため、関係者は新手段に大きな期待を寄せている。

 

 産児制限済みの輪っかを付けた女鹿

 


サンダース宮松敬子氏 プロフィール
フリーランス・ジャーナリスト。カナダ在住40余年。3年前に「芸術文化の中心」である大都会トロントから「文化は自然」のビクトリアに移住。相違に驚いたもののやはり「住めば都」。海からのオゾンを吸いながら、変わらずに物書き業にいそしんでいる。*「V島 見たり聴いたり」は月1回の連載です。(編集部)

 

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