おいしい酵母ライフ
2月15日、バンクーバーの隣組で「ニッポン発酵力プロジェクト〜麹酵母で作るパン作り〜」と題したワークショップを行った山下敦子さん(東京在住)。ニッポン発酵力プロジェクトとは?麹酵母とは?ワークショップを終えた山下さんに酵母の魅力や活用法と合わせて話を聞いた。
「そもそも酵母とは」と聞こうと思った記者の前に、山下さんが「どうぞ」とフルーツと液体が入った瓶を傾けて、透明な液体をコップに注いでくれた。飲むとシュワシュワと炭酸が口ではじける。「バンクーバーに来てからフルーツと水と蜂蜜で仕込んだ酵母エキスです」と山下さん。
ー混ぜて置いただけでこんなに炭酸が出るんですね?
「酵母は空気中に存在していて、どんなものにも付着しています。たとえば今着ている服でも水に浸して甘いものを加えたら発酵するんですよ(笑)。そして酵母はアルコールと炭酸ガス、乳酸などの有機酸類を生み出してくれます」
そう言って次に山下さんがテーブルに置いたのが、カナダの小麦粉と米粉を混ぜ、天然酵母で発酵させて焼いたというパン。食べてみると、少しもちっとした感触でくさみがない。
「日本から自家製の酵母を持ち込めなかったので、今回のワークショップでは小麦や米の麹酵母を用いました。普通のお宅で天然酵母のパン作りというと、市販の天然酵母を使うか、自分で酵母を作られる場合は、干しぶどうなどのフルーツで作る方が多いですが、私は今、米のみを原料とした麹の酵母を開発しています。それに伴い、米粉のパンの質、味の向上に取り組んでいます。」
ー米粉に注目した理由は何ですか?
「最近の日本での塩麹のブームはご存知と思いますが、米粉も流行っていましてね。日本政府も近年、米粉用の稲を育てる田んぼに力を入れるようになってきました。そうして良質な米粉が手に入るようになったことが一つ。そしてその米粉のパンを美味しくするためにも、米由来の麹酵母を使いたく、また麹菌の作りだすアミノ酸成分が、味覚の『第六感』に利くと言われる『旨み』を作り出すというところにも注目しました。麹菌を使ったパンはまだ欧米にありませんが、最近は欧米のレストランでも昆布や煮干を使ってこの『旨み』を出そうという流れがありますから、この日本らしい麹菌パワーを広めるため、『ニッポン発酵力プロジェクト』と名付けて世界に発信しようと思ったのです。麹は旨みがたくさんあるものの、ガスを出す量は弱いのですが、いろいろ取り組んだ結果、満足のいく膨らみの出せる麹酵母ができあがりました」
ー米麹を使うことで他にもメリットがありますか?
「市販のドライイーストは小麦由来の酵母ですから、たとえグルテンフリーのパンを作っても、厳密にはイーストに小麦が含まれていることになりますよね。隣組のワークショップに参加された方のお嬢さんに小麦アレルギーの方がいらして、ぜひと言われまして、おいしいグルテンフリーのパンを作ろうという気持ちが私の中で高まりました。この意味でも米麹の酵母を使うことへの意義を感じますね」
ー米や雑穀を原料として、米麹で発酵させたパンとなると完全グルテンフリーとなるわけですね。しかし、米を原料とした酵母は手に入りませんが、そうしたパンを作るにはどうしたらいいのでしょう。
「麹の酵母の代替品として、甘酒や酒粕を使ったパンの作り方をご紹介しています。甘酒には、麹酵母がたっぷりと含まれていますので、大変麹の風味豊かなパンに仕上がりますよ」
ー普通に膨らむのか心配になりますが…。
「心配でしたら市販のイーストをわずかに入れるといいですね。普通に使うイーストの半分、できれば10分の1以下に減らして。そうすれば確実に膨らみは出ます。最近のパン作りでは、熟成に長い時間をかけることで必要なイーストの量を減らし、それでイーストくささをなくす方法が流行っています。また、カナダのブレッドフラワーには、イーストが添加されていますから、そちらを使う場合は、イーストを足す必要はありません。」
ーところで山下さんは、酵母をパン作りに使う以外にも、酵母を飲んだり肌に塗ったりといった活用法があると紹介していますね。
「酵母はミネラルやビタミン、植物繊維が豊富ですし、肌に付けると肌の色が明るくなるなどの効果があります。直接肌に付けると刺激が強すぎる場合があるので、ヨーグルトなどに混ぜて発酵させてから使うといいですね。素晴らしい力を秘めた酵母をぜひ皆さんの普段の生活に取り入れていただきたいです」
今回の隣組でのワークショップは、フェアモントホテルなど一流ホテルで長年シェフを勤めてきた柴沼三郎さんの支援を受けて大成功に終わった。嬉々として酵母を育て広める山下さん主導の「ニッポン発酵力プロジェクト」の今後のさらなる展開が楽しみだ。
(取材 平野香利)
山下敦子さんプロフィール
アメリカ滞在中に天然酵母のパン作りに目覚め、その後、パン作りの研究とともに酵母開発にも取り組む。2010年より生活のさまざまなシーンに取り入れる「エブリデイ酵母」を提唱。酵母を生かしたメニューによるカフェを東京世田谷区で毎週オープンしている。また三重県の完熟トマトに麹を入れて熟成させたソース「和酵母トマト」の製品開発に関わるなど、全国の地場産品と酵母のコラボレーションによる新しい食の提案も行う。
山下さんのウェブサイトhttp://www.atsuko-coubo.com/coubo.html
2013年4月4日 14号掲載