2018年10月18日 第42号

 バンクーバーから帰国してまもなく、デール・カーネギーの『話し方セミナー』の誘いを受けました。

(デール・カーネギー:アメリカの作家で、教師にして自己啓発、セールス、企業トレーニング、スピーチおよび対人スキルに関する各種コースの開発者。“人を動かす”、“道は開ける”の著者で世界的に有名。『他者に対する自己の行動を変えることにより、他者の行動を変えることができる』という考えを柱のひとつとしている)

 セミナーは朝10時から5時、全10回の講座でした。内容は、記憶に残る自己紹介の仕方からスピーチの基本、説得力のある話し方、人を動かす、人間関係をよくする話し方のコツなど、さまざまです。しかも、この共通点は起承転結を2分間で話す、というのが最大の目的です。

 いかにインパクトをもって話せるのか、そのためには何よりも準備が大事です。皆さん仕事を抱えており、宿題もやや苦痛でもあります。しかし、セミナー終了時には毎回最優秀賞者を投票で選び、記念品が贈られます。そこに励みもあります。

 第7回目に、私が最優秀賞に選ばれました。今回はそのときのことを披露しますね。その会は辛かったことや悲しかったことなど“人を感動させる話”がテーマでした。会社経営をしていた親が突然亡くなり、畑違いの仕事をしていた跡取り息子の苦労話や失恋の悲しみを涙ながらに語る人々。一人ずつ前に出て発表するので、聞いている私たちもつい涙してしまいました。そして私の番です。

 4年生の時母が亡くなり、6年生の後半に父の一番上の姉で呉服屋をしている明治生まれの伯母の家で暮らすことになりました。当然ただ飯は食えるはずがありません。6時に起きてまず居間と店の掃除機を掛け、反物を飾ります。次は2階の家族の布団を上げ、掃除機をかけます。大体1時間半くらいかかります。それからご飯を食べ、学校に行きます。夕方は店のモップ掛け、ショーウインドー拭き、トイレ掃除、布団敷き、その後夕飯の手伝いと後片付け。それが8時か9時に終わります。それからお風呂に入って12時まで勉強をします。休みの日にはさらに、床の間や換気扇の掃除、ワックスがけや窓ふき20枚、これらのどれかが加わります。この時期、私は友達とほとんど遊んだことがありません。でも、そんなことはあまりたいしたことではありませんでした。

 一番辛かったのは、義理の伯父がお酒を飲むと私に意地悪を言うことです。中学生のときに、とても耐えられないことがあって、父の2番目の姉である大正生まれの大好きな伯母に学校帰りに電話をしました。

 「おばちゃん、もうあの家にいたくない。自分の家に帰りたい…」。すると伯母は中学生になりたてだった私に「今神様がお前に試験をしているんだよ。試験は合格しないとダメだべ。だからがんばるべしと!」。こうしてなだめられました。

 そうして高校生の時のある日、異常なくらい伯父が激怒しました。もちろんお酒のせいなのですが、この時私は家出を決心しました。そしてまた、伯母に電話をしました。

「もうあの家をでる!」すると 「今の時代、高校だけは卒業しておかないと就職できないんだ。だからもう少しだから我慢してけろ!」と泣かれてしまいました。

 「もう二度と大好きなこの伯母を泣かせることは言うまい。卒業したら東京に行く!」と、決心しました。

 私は、このような経験をさせて頂いたお陰で、人生をたくましく生き抜けるようになったのだと思います。

 当時を思い出し、つい泣きながら話をしてしまったのですが、目を開けると、驚くことに全員が泣いていました。意地悪をされた核心には何一つ触れていないのに、2分間でも十分人を感動させられるのですね。

 


 

著書紹介
2012年光文社より刊行。「帝国ホテルで学んだ無限リピート接客術」一瞬の出会いを永遠に変える魔法の7か条。アマゾンで接客部門2位となる。
お客様の心の声をいち早く聞き取り要望に応えリピーターになりたくさせる術を公開。小さな一手間がお客様の心を動かす。ビジネスだけでなくプライベートシーンでも役立つ本と好評。

福本衣李子 (ふくもと・えりこ)プロフィール
青森県八戸市出身。接客コンサルタント。1978年帝国ホテルに入社。客室、レストラン、ルームサービスを経験。1983年結婚退職。1998年帝国ホテル子会社インペリアルエンタープライズ入社。関連会社の和食店女将となる。2005年スタッフ教育の会社『オフィスRan』を起業。2008年より(社)日本ホテル・レストラン技能協会にて日本料理、西洋料理、中国料理、テーブルマナー講師認定。FBO協会にて利き酒師認定。

 

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