2017年3月23日 第12号
昨年に引き続き、今年の冬も3ヵ月間、週に3日、フランス語を習いに行った。フランス語は英語や日本語と同様、地域によって訛りがあるので、いろんなフランス語に慣れるようにという学校側の計らいで、毎回先生が変わるシステムだった。ケベックはもちろんのこと、ハイチ、モロッコ、フランス、ルワンダなど、ふだんなかなか会う機会のないバックグラウンドの先生たちが揃い、1回3時間のプライベートレッスンのうち1時間は、自分の国や日本のことをフランス語の単語をひとつふたつ交えながら、ほとんど英語でしゃべっていた。私としてはフランス語の勉強よりも、こちらの雑談のほうが楽しみで、極寒の冬のなか3ヵ月間、学校に通えたと言っても過言ではない。
そのなかでも、モロッコ出身の先生には数回ほどあたったのだけど、彼女と話すときは毎回イスラム教徒としてカナダに住むということがどういうことなのかが主な雑談内容だった。今年1月29日にケベック市のイスラム文化センターで銃乱射テロ事件があったのは、読者の皆さんもご存知のことだろう。バンクーバーに住んでいると、東のことはそんなに身近に感じないかもしれないけど、私たちの住んでいるオタワ市からテロのあったケベック市までは車で約5時間ほど。そんなに遠い場所でもない。そして、先生の場合はあのテロ事件の起こった近辺にも過去に住んでいて、あの文化センターにも通っていたし、犠牲になった人たちも知っていたこともあって、もし自分が、まだあそこにいたら犠牲者のひとりになっていたかもしれないという恐怖感でいっぱいだと語る。多文化共存主義国家を信じて移民してきたカナダは、今や自分たちにとっては安全な国ではなく、イスラム教徒であるということでテロの標的にならないかと不安になると言う。
そしてまた彼女も2児の母である。小学生になる子供たちは、自分たちがイスラム教徒であることは理解しているけど、カナダで生まれ育ち母国語の英語を話しカナダ人として生活している。だから先生は、「あのニュースのことはショックすぎて、子供たちには知ってもらいたくないの。夫と相談して隠すことにしたわ。子供たちにとっては母国でイスラム教徒をターゲットにする無差別殺害があっただなんて知ったら、自分たちの居場所がなくなるでしょう」と心境を語ってくれた。
カナダに住むイスラム教徒の人たちが今、どんな思いをして生活しているかは、ニュースで読む程度の知識しかなかったのだけど、先生と話して初めて気づいたのが、あのテロ事件の被害は、その場にいたイスラム教徒たち(死亡者や負傷者を含め)や彼女のようにカナダで住みにくい思いをしているイスラム教徒たちだけじゃなく、純粋無垢な子供たち、そう、イスラム教徒の家庭に生まれてきた小さな子供たちにまで直接及んでいることを知り、事件の残虐さを改めて実感した。
■小倉マコ プロフィール
カナダ在住ライター。新聞記者を始め、コミックエッセイ「姑は外国人」(角川書店)で原作も担当。
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