2016年11月24日 第48号

「英語が完璧ではない=自分は英語話者より劣っている?」

 前回話した通り、私は渡加2年後に英語圏バンクーバーから英・仏バイリンガル圏の首都オタワに移った。オタワは川を挟んで対面側にケベック州があるだけに、フランス系カナダ人たちもたくさん住んでいる。日頃からフランス系カナダ人たちと接することで、徐々に彼らの英語に対する姿勢と日本人の英語に対する姿勢の違いに興味を持ち始めた。

 「英語は世界の共通語」とグローバル社会を意識した日本で育った私は、子供の頃から「英語は話せなくてはいけない言葉だ」と思っていた。それは日本の社会をみるとわかるように、小学校からの英語教育義務化に加え、その能力を問う英検、英会話スクールに進学塾での英語、受験や就職活動での英語テストと、幼年期から成人するまでの過程で何かしら英語にぶつかるのが背景にある。成人するまでには「学校で英語は習ってきたんだから話せるべきだ」といった考えがしっかりと心に刻まれてしまったように思う。結果、日本にいながら、道端で外国人旅行客から英語で話しかけられると、返答に困って狼狽する人は、子供にしろ大人にしろ少なくはないだろう。それどころか英語で完璧に返答ができない自分に対して、なんとな〜く劣等感なんかを感じてはいないだろうか。

 だがフランス系カナダ人の英語に対する意識は違う。お世話になった引っ越し業者さんたちは「僕らはフランス系カナダ人だから英語はできないんだよね!」とケロッと言ってのける。また大学のESLクラスにはオタワで育ったフランス系カナダ人たち(この場合フランコオンタリアンと呼ばれる)が自主的に留学生たちに混じって授業をとっていたり、フランス系カナダ人の教授にしても「この言葉は英語でなんて言うんだったかな?」と生徒に聞いたり、逆に英語を母国語とする生徒から「先生、もう一回言ってください」と何度も聞き返されたりする。病院の医者、カフェの店員、ママ友にしてもフランス語訛りの英語が飛び交う。そんな彼らはカナダで生まれ育っていながら(そしてたとえ目の前に英語環境が整っていても)英語を完璧に話せないことを恥じているわけでもなければ、気にしているようにも見えない。

 逆に、恥じる必要もなければ気にする必要もないのだ。どうしてフランス人が英語を完璧に話さないといけないのかと問われるだろう。「言葉はただのツール」と割り切っているのだから。だから英語が完璧に話せないからと言って、自分は劣っているなんてとんでもない話なのだ。大切なのはその中身、そのツールを操っている自分自身なのである。

 


■小倉マコ プロフィール
カナダ在住ライター。新聞記者を始め、コミックエッセイ「姑は外国人」(角川書店)で原作も担当。 
ブログ: http://makoogura.blog.fc2.com 

 

 

 

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