2019年8月15日 第33号

 元々テレビや映画を見るよりも読書が好きな方で、昨年スマホにキンドルというアプリを入れてからは、いつも日本人作家の電子書籍を読んでいます。このバンクーバー新報でも、色々なバックグラウンドを持った筆者の方々がコラムを書かれているので、毎週楽しみにしています。そして先日、ついついじっくり読み入ってしまったのが、ガーリック康子さんの書かれた、日本の健康サポート薬局についての記事(第127回認知症と二人三脚)でした。今日はこれについて少し説明を補足したいと思います。

 私が子供の頃は、病院に行けば、病院の中の薬局で薬を購入する仕組みが普通でした。しかし、1990年代に入り、薬剤師の専門性を生かすという理由で、欧米式に医業と薬業を切り離す医薬分業が活発化し、病院の前には調剤薬局が乱立するようになりました。生々しい話をすれば、それまでは薬価差益(薬の公定価格と病院が実際に購入する価格との差額)により病院側に多大な儲けが生じるような仕組みが出来ていたため、無駄に薬が処方されることも多く、病院こそが薬漬け医療の根源となっていました。そこで、この事態を是正するために薬局を病院から切り離し、患者さんが病院外の調剤薬局で薬を受け取るシステムへと、政府が誘導しました。

 この時、医薬分業のメリットが「薬剤師の専門性の発揮することにある」と謳われましたので、薬剤師は患者さんに薬を渡す時には用法・用量や副作用などを丁寧に説明し、患者さんから聞き取った情報を薬歴という形のドキュメンテーションとして残し、またお薬手帳という服用薬のリストを経時的に記録する手帳を交付することで、新しい薬が処方された際の相互作用のチェックなどが行われるようになりました。

 しかし、保険薬局における薬剤師の仕事に対して国から報酬が入るにも関わらず、その業種は小売業ですから、利益なしで生き残ることが出来ません。ところが、処方せんに基づいて薬を揃えて渡すだけの仕事をしていれば潤沢な利益が出るということで、調剤薬局ビジネスはどんどん成長し、日本全国にチェーン展開したり、吸収・合併を繰り返すことで巨大化した企業は、日本医師会が羨むほどの潤沢な利益を生みだす結果となりました。  

 別に薬剤師がサボって儲けているのではなく、むしろ多くの薬剤師が普段から真面目に仕事に取り組み、時間外や休日でも学会や勉強会等に参加して研鑽をつんでいるのが現実です。また、2011年の東日本大震災の際には、「被災地では薬剤師が足りていない」と報道され、全国から多くの薬剤師が支援に駆けつけ、医療チームの要として活動しました。具体的には、全国から届く薬を仕分けしたり、普段患者さんが服用している薬が現地になければ、同じ薬効の薬への変更を医師に提案。また受診が不要とみられる風邪などの感冒症状には、市販薬を推奨して対処するなど、薬剤師の仕事が重要な機能を果たしていることを証明する結果となりました。

 それでもやはり、超高齢化が進む日本においては、日頃から国民が納得するように、薬を取り揃える以上の仕事を行うべきであるという声を背景に、2016年4月から「健康サポート薬局」という制度がスタートしました。

 健康サポート薬局とは、かかりつけ薬剤師としての機能と、国民の健康サポートという2つの機能を有するもので、より具体的には服薬情報の一元的な把握とそれに基づく薬学的管理、薬局の24時間対応、在宅医療対応、かかりつけ医をはじめとした医療機関等との連携強化、これに加えて、国民の主体的な健康の保持増進への積極的な支援といった内容が含まれます。

 健康サポート薬局と名乗るためには、一定の要件を満たすことが必要で、特に重要視されているのが「健康サポート薬局に常駐する薬剤師の資質の確保」です。つまり、健康サポート薬局に関する研修を終了した一定の実務経験(5年以上)のある薬剤師の常駐が必要で、この研修は技能習得型と知識習得型の2種類があり、合計30時間で構成されています。晴れて健康サポート薬局となった暁には、継続的に薬の相談会や禁煙相談の実施、健診の受診勧奨や認知症早期発見につなげる取組み、医師や保健師と連携した糖尿病予防教室、管理栄養士と連携した栄養相談会などを開催することが求められます。

 しかし、日本全国6万軒にも上る数の調剤薬局がある中で、健康サポート薬局として登録されているのは2019年6月28日時点で1432。薬局にとって経済的なメリットはなく、届出をすることが薬局の健康サポート機能の向上につながると感じにくいという可能性も指摘されています。この制度は、まだ道半ばなのか? それとも政府は仕組みを見直すべきなのか? 私はカナダから様子を見守りたいと思います。

 


佐藤厚

新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。
2008年よりLondon Drugs (Gibsons)勤務。
2014年、旅行医学の国際認定(CTH)を取得し、現在薬局内でトラベルクリニックを担当。
2016年、認定糖尿病指導士(CDE)。

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。