2019年7月18日 第29号

 皆さん、「没イチ」という言葉を聞いたことがありますか?

 「人生百年」と言われる昨今、配偶者と死別してひとり暮らしになり、老後をひとりで過ごす人が増えています。その人たちが、自分たちを、今ではかなり浸透している「バツイチ」ならぬ、「没イチ」と呼んでいるようです。当事者の間では、周りの人からこの呼び方をされることに違和感を感じている人もいるようですが、元々は、配偶者を亡くした人たちが、その後の人生を前向きに生きていくためのポジティブな言葉として使われ始めたようです。「没イチ」の人達が定期的に集まって、配偶者の死についていろいろなことを包み隠さず語り合う場、「没イチの会」を始めた人もいます。

 さて、第一次ベビーブーム生まれの団塊の世代が70代に入り、既に数年が経ちますが、高齢社会から超高齢社会へと進む中で、配偶者と死別する人の数は増え続けることが予想されます。総務省統計局が行う国勢調査によると、1990年から2015年の25年間に、65歳以上の「没イチ」と言われる人達の人口が1・5倍になっていることがわかっています。特に、二人暮らしの夫婦のどちらかが亡くなると、それまであまり近所付き合いや地域社会とのつながりを持たずに暮らしてきた場合、残された配偶者が急にひとり暮らしになり、社会から孤立してしまうことが考えられます。  

 ただし、配偶者との死別後の生活の変化には、かなり男女差があるようです。「第一生命経済研究所ライフデザイン研究本部」が行った「配偶者と死別したひとり暮らし高齢者の幸福感」の調査では、女性がより幸福感を感じているようです。例えば、外出について見ると、死別後に外出時間が増えたと感じているのは、女性50%に対し、男性32%。また一日中誰とも話さないと回答したのは、女性27・4%に対し、男性は39%。自分の幸福度を10点満点で評価した場合、女性8点、男性5点となっています。

 仕事をしながら、ほとんどひとりで子育てをし、自分の親や義理の親の介護をし、定年退職後にいつも家にいるようになった夫の世話から家事全般まで。人生のステージの中で、いつも家族のために頑張ってきた妻にとって、夫の死後、全てから解放され、初めて自分のためだけの自由な時間を持つことができ、まさに「第二の人生」が始まります。しかし、育児や家事、自分の親の介護までも妻任せにしてきた夫は、仕事一筋で働いてきた職場を定年退職。唯一の話し相手であり、社会とのパイプ役だった妻の死後、地域社会との関わりはなく、基本的な家事さえ全くできません。また、男性は自分が先に死ぬと思い込んでいる傾向があるようで、全てを頼っていた妻に先立たれると、路頭に迷ってしまいます。

 しかし、いずれの場合も、配偶者を亡くした喪失感は大きく、自宅で塞ぎ込んだり、強い孤独感を感じていたりする人もいます。それまで支えてくれていた配偶者がいなくなり、一緒に暮らした家にいるのは辛く、かといって、既に定年していれば職場はもうなく、他にどこにも居場所がありません。あまりの辛さに、後を追って自死を選ぶ配偶者もいます。しかし、ほとんどの場合、死ねないから生きている状態で辛い時期を過ごすしかありません。そんな時、「没イチ」同士で、配偶者を亡くした後のやり場のない気持ちや、ひとりになってからの人生について話すことのできる場が、心の拠り所になります。

 死別の場合、夫婦のどちらかが必ずひとりになります。しかし、世間は、死別した人に対し、憐れみの目で見がちです。配偶者を亡くした家族や友人に、どのように声をかけていいか迷うところですが、ただ側にいるだけでも、大きな安心に繋がるのではないでしょうか。

 幸い、 私の夫はとりあえず元気にしていますが、人生、いつ何が起きるかわかりません。いざとなって慌てないように、日頃から人や社会との繋がりをしっかり作り、維持していくことが大切だと感じています。

 中には、配偶者の死後、配偶者の親族との折り合いが悪くなる場合があります。例えば、葬儀の仕方やお墓のことで意見が合わないことをきっかけに、親族との関係を法律的に解消することを選択する「没イチ」の人が、特に女性を中心に増えているようです。具体的には、「姻族関係終了届」を提出することにより、いわゆる「死後離婚」をすることになります。それにより、亡くなった配偶者の両親の介護や扶養義務を終了させることができます。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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