2019年7月25日 第30号
「認知症」、「介護」のキーワードに吸い寄せられ、電灯に群がる羽虫のように、たどり着いた人気テレビ番組のビデオ。介護のコミュニケーションを特集したもので、介護をする時に、目を見て話すことの大切さ、「アイコンタクト」の力がテーマです。
さて、認知症、中でも、最も発症率の高いアルツハイマー型認知症の症状としてよく知られているのが、「記憶力」や「判断力」の衰えです。実は、視覚の変化もよくみられる症状です。視野が狭まり、視界の隅にある物が見えなくなります。これは、脳に障害が現れ、視覚情報の捉え方が変化することにより起こります。つまり、認知症の人の隣で何をしても、視野に入らなければ見えませんが、正面に回り込めば見えるのです。例えば、入院中に行う口腔洗浄の場面を想定してみてください。視野の外から急に手が伸びてきて、スポンジや歯ブラシが口の中にいきなり押し込まれれば、誰もが反射的に口を閉じ、それを拒むはずです。何度も繰り返されれば、恐怖心さえ湧くでしょう。代わりに、まず顔を見て目を合わせ、理由を説明し、近くで話しかけながら行えば、安心感が生まれます。視線を合わせるようにすると、変化が現れ、それまで拒否していたことにも心を開いてくれるようになります。
介護をする際に起こり得る困った場面に対応するため、ビデオの中では、コミュニケーションの技術として、フランス生まれの「ユマニチュード」が紹介されています。介護の度合いに関わらず、広い意味のケアの方法として誰にでも使え、相手とよい関係を保つことを目的とします。安心をもたらし、楽しいという気持ちを互いに持つためのコミュニケーション技術です。細かくは、400以上の技法がありますが、中でも心がける必要があるのが、「近くで目を見て話すこと、ゆっくりと決して急がないこと、常に話しかけながら世話をすること、間違いを直さないこと」、としています。日本の病院でも取り入れられている技術で、 介護者向けに講習会を行っている自治体もあります。「ユマニチュード」を取り入れたパリの病院では、2005年から2008年の3年間に、攻撃的な行動を抑えるための「向精神薬」の処方が、88%減少したというデータもあるそうです。
認知症の人が安心できるようにするには、他にもヒントがあります。例えば、会話の中で、自分は二十歳だと言っているとします。「なに言ってるの。この前70になったばかりじゃない」と否定しても、本人は「二十歳の世界」に戻っているため混乱し、不安になります。間違いを訂正するのではなく、こちらが「二十歳の世界」に入っていく。嘘をつくわけではなく、本人のその時の「真実」に私たちが近付くことで、相手が安心することができます。あるいは、着替えの介助をしていて、シャツの袖に足を入れようとしたところを、「ダメよ、そこじゃないでしょ!」と正すのではなく、「手を通してみたら?」と「提案」する。最終的に着られればよく、訂正することに意味はありません。かえってお互いのイライラが募るだけです。
認知症を患う人にとって、「外の世界」は不安に満ちています。理解できない状況は、不安な気持ちを高め、それが暴力的な行為や徘徊などの「問題行動」と呼ばれる症状として現れます。意識的に安心を伝える技術があれば、「問題行動」に発展する前に、心が落ち着きます。周りの状況が理解できていることを言葉で表現できなくても、難聴や耳の病気がない限り、耳は聞こえています。目を見つめ、声をかける介護者の思いが心に響けば、何かしらの反応があるはずです。
安心をもたらすコミュニケーションのカギは、「アイコンタクト」。視線を合わせて繋がりを持つことで、認知症を患う人に「同情」するのではなく、「共感」することが、認知症の理解への糸口となります。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定