2019年6月20日 第25号
「息子介護」という言葉を耳にしたことはありますか?
「息子介護」とは、息子が親の介護を担っている状況をいいます。近年、このような介護をしている人が増え、困難に直面しているようです。
例えば、認知症の母親を介護しているある息子の場合。息子には、妻と子供がいます。妻も仕事を持ち、実母の介護をしているため、義理の母の介護までは手が回らないことから、「息子介護」が始まりました。母親は自力歩行ができず、身の回りのこと全てに介助が必要です。日中、デイサービスを利用していますが、それ以外の時間は常に誰かが見ていなくてはなりません。母親の認知症が進行するにつれて、介護に費やす時間が増え、介護と仕事の両立が難しくなりました。介護の精神的、肉体的な疲れに加え、仕事でのストレス。大きな行き詰まりを感じ、結局、退職することを決めました。退職後の生活費、介護費用は、妻の収入と母親の年金に頼っています。
介護をするとき、これまで、主な介護者は、配偶者、息子の妻、娘、息子という順番でした。(平成13年国民生活基礎調査より)しかしその後、息子による介護が増え続け、最近の調査では、「息子介護」が息子の妻を上回りました。(同平成28年)「息子介護」が増えている背景には、未婚男性の増加があります。特に、 親と同居している未婚男性の場合、自分以外に介護を任せられる人がいない場合があります。特に母親と同居している場合、それまでほとんど家事の経験がなく、食事を作ることもままならないことさえあります。家事以外にも慣れないことの連続で、特におむつ換えを含む排泄の世話は、心理的にかなりの負担になります。
かといって、付き合いの長い友人にも、介護をしていることを話していないことが多く、介護の悩みを相談できる人もいません。息子の妻や娘が介護する場合と異なり、施設を利用しない在宅介護をしたがり、介護保険の仕組みをよく知らないため、そのサービスを利用していないことも多く、どうしても孤立しがちです。
「息子介護」の中には、介護の疲れ、ストレスから、虐待を招くケースもあります。介護をしていた人が高齢の家族を虐待したケースのうち、息子による虐待が全体の4割を占めています。(厚生労働省調べ)さらに、虐待を超え、殺人や無理心中に至るケースも、時々ニュースになります。その約7割の加害者が(男性第1位夫、第2位息子)であるという調査結果もあります。(日本福祉大学准教授調べ)この調査は、1998年から2009年の12年間に、日本国内で起きた事件の記事データベースから分析したものです。被害者が60歳以上で、介護による心労などが原因で、親族や家族が起こした殺人や無理心中だけを拾い上げています。在宅介護の担い手の約7割は女性とされていますが、事件に至るのは、女性より圧倒的に男性の介護者に多く、男性が介護により、追い詰められた状況になりやすいこともうかがえます。
隣近所の人や、近隣の福祉関連施設とのコミュニケーションが取れていれば、介護ができていない状況でも、外部からの支援があるかもしれません。しかし、周りとの付き合いがあまりなく、苦心しながらもそれなりに介護ができている場合は、支援の手はなかなか伸びないでしょう。また、介護を必要とする人のための制度があっても、介護する人を支援する確立した仕組みがなければ、介護をする人の孤立や、そこから介護殺人や無理心中などの事件に発展する可能性はなくなりません。事件に発展させないためには、介護者が自分のできる範囲を見極めることにより、できない部分を補う形で支援することが、介護者への理想的な支援の形態でしょう。
ひとりで悩まず、まず誰かに相談することで、今、何が必要かが見えてくるでしょう。もし、周りの誰かが苦労していると感じたら、声をかけてみてください。将来の事件を防ぐきっかけになるかもしれません。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定