2018年9月20日 第38号

 私はテニスのことは全く分からない。毎年世界の何処でどれ程の試合が行なわれ、どんな有名な選手がいて、プレーに如何なるルールがあるかなどなど…完全に無知である。

 だが今月8日に行われた全米オープン女子シングルで日本の大坂なおみと言う選手が優勝し、日本人として初めて4大大会制覇の偉業をなし遂げたことは、メディアの過熱ぶりから見て大変なことなのだということは理解できた。

 加えて試合に臨む彼女の姿をネットで初めて見た時、その容姿が錦織圭選手のように東洋人ではないのも知った。今どきは日本人と黒人とのハーフなど珍しくないのを私は十分に知っていたから驚くことはなかった。だがこの偉業を成し遂げた若い女性は、一体どんなバックグランドを持っているのかと興味をそそられた。

 すでに広く知られているが、彼女は1997年10月6日大阪生まれで、父親はハイチ系アメリカ人、母親は北海道出身の日本女性。3歳でアメリカに渡り、父親の特訓を受けてテニス選手になるべくまっしぐらの人生を歩いて来た。となればその態度はアメリカ人そのものであることに不思議はないし、半分日本人とは言え日本語がしどろもどろなのも頷ける。

 昨年ノーベル文学賞を受賞した英国在住のカズオ・イシグロ氏でさえ、日本人の両親のもとで育ち言葉の世界に生きているものの、「日本語は渡英した5歳当時と変わらない」と言うから、なおみ選手の日本語を云々するのは酷というものだろう。

 とは言え、日本の文化的背景も持つことで試合後に「あのような試合の展開になり申し訳なく思う」とか、対戦相手のセリーナ・ウィリアムス選手に「試合をしてくれてありがとう」と礼儀正しくお辞儀をしたりの態度を見ると、「ああ、やはり彼女は日本的で礼儀正しい子だな」と思ってしまう。こうしたことは、付け焼刃で出来るものではなく日々の暮らしの中で培われていくものだからだ。

 

アイデンティティ

 テニスという目的があったにしろ、何よりもアメリカで伸び伸びと育ったことが成功の秘訣ではなかろうかと私は強く思う。だが母親の影響だろうか、ふとした瞬間に日本人の物腰になってしまう。今回はそれをアメリカでは好意的に受け取られたようだ。

 ふと思い出すのは、昨年の国際女性デー(3月8日)を前にインタビューされた日本で活躍するイラン出身のタレント、サヘル・ローズさんの「日本は外見でイロモノ扱いされる」との言葉だ。流暢な日本語が話せても、外見が違うことでいまだに差別の対象になってしまうのが日本社会の一面なのだ。

 現在外国人人口が過去最大の250万人(18年1月現在)近いといわれ、日本人の労働力不足を外国人が補っているにも関わらず、外国人との共生には慣れていない日本人は多い。

 そんな社会を反映してか、前述の記者会見では「外国では大坂さんの活躍や存在が古い日本人像を見直すきっかけになったと報道されているが、自身はアイデンティティを含めその辺をどのように受け止めているか」といった質問が出る。なおみ選手は意味が分からず、また通訳の補足が要を得なかったこともあり、尻切れトンボで終わってしまった。

 

二重国籍

 大きな夢はオリンピックでの優勝というが、その時彼女は23歳。現行の日本の国籍法に従えば重国籍が認められる22歳を過ぎた年齢になる。

 一説によれば、スポーツ界には「その種目の国籍」というのがあるとのことで、彼女の場合は日本を「テニス国籍」とすることが可能らしい。原則としてその国の国籍を選んだ時点で日本のパスポートがあれば、その後喪失してもそのままで良いことになるとか。

 一般人から見ればこれは極めて不公平と言わざるをえないが、果たして彼女はどちらを選択するか興味の湧くところである。

 

 

 


サンダース宮松敬子氏 プロフィール
フリーランス・ジャーナリスト。カナダ在住40余年。3年前に「芸術文化の中心」である大都会トロントから「文化は自然」のビクトリアに移住。相違に驚いたもののやはり「住めば都」。海からのオゾンを吸いながら、変わらずに物書き業にいそしんでいる。*「V島 見たり聴いたり」は月1回の連載です。(編集部)

 

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