2017年7月6日 第27号

 現在、世界中で国連での核兵器禁止条約交渉会議が話題になっています。1945年にアメリカが広島と長崎に原子爆弾を落としたのを皮切りに、核時代が72年間続いているわけですが、この交渉会議で、核兵器が存在しない世界へ向けての大きな一歩をやっと踏んだように思います。そこで今回のまるごとカナダでは、冷戦中に作られた核シェルター『ディーフェンバンカー冷戦博物館』についてお話したいと思います。

 今やオタワでは観光地のひとつとして知られているディーフェンバンカーは、核 シェルターです。当時の首相ジョン・ディーフェンバンカーが、冷戦が悪化していくにつれ、カナダも核攻撃を受ける可能性があると懸念し、1959年に一般には極秘で建設を始めました。1962年に完成し、カナダが核攻撃を受けた場合には、政府と軍の高官のみがここへ移り、地下から国を動かせるように設計されています。

 広大な草原地帯にぽつんとある倉庫が入口となっているので、外から見たらその下に地下4階建ての巨大なシェルターがあるなんて全く想像もできません。1994年までの32年間は、緊急時に備えて30日間の食料と配給品の準備が535人分、常にあったと言います。その後、博物館として1998年にオープンし、冷戦時代の緊張感漂う当時の様子を現在に至るまで伝えています。

http://diefenbunker.ca/

 

地下4階建てのシェルターのなかには歯医者まで整っていた

 

(小倉マコ)

 


 ■ 小倉マコ プロフィール

カナダ在住ライター。バンクーバー新報での「まるごとカナダ」「小倉マコのオタワ便り」コラムを始め、新聞記者、コミックエッセイ「姑は外国人」(角川書店)で原作も担当。フェイスブックも始めました!読者の皆さんと繋がれたら嬉しいです。https://www.facebook.com/ogura.mako1

 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は今号をもちまして終了いたします。

しかし、日系コミュニティーに支援されて41 年余り続いてきた新報を存続させたいとの思いから、オンラインによるウェブサイトでの情報発信を継続することになりました。

SNS を含むオンラインは、弊紙で記者をしておりました三島直美と西川桂子が、責任者として引き継ぎ新体制で再出発する予定です。

今後も引き続き、ウェブサイトの閲覧をよろしくお願いいたします。