2018年7月19日 第29号
先日全日程を終えたサッカーワールドカップでは、日本チームが強豪ベルギー相手に大健闘をみせてくれました。最近では、日本代表選手の多くが欧州等の外国のチームに所属し、生き残りをかけてプレーしていますが、これもグローバル化の賜物といえるでしょう。また、私は医療者として、ワールドカップの試合結果と同じくらい気になっていたのが、世界中から多くの人が同じ場所に集まる「マスギャザリング」における感染症の問題です。
今回のワールドカップ開催前に、世界保健機構(WHO)のアメリカ地域事務局、パンアメリカン保健機構(PAHO)が、サッカー観戦のためにロシアに行く人は麻疹(ましん、はしか)の予防接種を受けるように呼びかけました。欧州では2018年に入り、最初の3カ月だけで18000例の麻疹感染者が報告され、特にフランス、セルビア、ギリシャ、ウクライナで多くの感染者が出ました。欧州疾病予防管理センター(ECDC)の5月18日付け最新アップデートによると、UK(イングランド、スコットランド、北アイルランド)で麻疹が集団発生し、患者は440人に達したと報告されています。また、日本でも、今年3月に台湾からの旅行者により麻疹ウィルスが沖縄に持ち込まれ、6月までに沖縄だけで99人の麻疹の感染例が報告されました。麻疹は感染力が強いのが特徴で、その後、福岡県、大阪府、愛知県、東京都など12都道府県に拡散しました。
麻疹の流行が起きる原因は、多くの人が旅行等で国内・国外を移動し、ウィルスを輸出・輸入するようになったこと、そして若い世代の多くが麻疹に対する十分な免疫を持たないことによります。ワクチンの接種率の減少と感染症の流行の相関は以前から知られていますが、これに加えて、指定されたスケジュール通りに予防接種を受けた人でも、十分な抗体価を獲得しないケースがあることが指摘されています。
近年、俗に「アンチ・バクサー(Anti-vaxxer)」と呼ばれる、子供に予防接種を受けさせない親御さんの数が増加しています。アンチ・バクサーに共通するのは、感染症に対する免疫はワクチンではなく病気に罹患することで自然に身につけるべきである、またワクチンは副作用の害が大きいという信念を持っている点です。しかし、この信念に基づいて無防備でいることにより感染症を患い、また周りの人に害を及ぼす確率が高くなるのは、人類の歴史が証明しています。
そして、予防接種は、妊婦さんとお腹の赤ちゃんも守ります。去る7月6日に日系文化センター・博物館で行われたプレママセミナー「妊娠と薬とエトセトラ」における講演の中でも説明させて頂きましたが、妊娠初期に風疹(Rubella)に感染した場合、おなかの赤ちゃんが先天性風疹症候群(難聴、心疾患、白内障)を患う可能性が高くなります。しかも、MMRワクチン(Mumps(おたふく風邪)、Measles(麻疹)、Rubella(風疹)の混合ワクチン)は、弱毒化ワクチンと分類されるもので、妊婦さんには使用できません。妊娠するより2ヶ月以上前に予防接種を受けておくか、妊娠している周りの人が積極的に予防接種を受けることが、最大の予防手段となります。特に30代から50代の男性は風疹抗体保有率が低く、しかも渡航の機会も多く、日本国内での流行の感染源となりやすいためハイリスクと見なされます。日本政府は今年1月に風疹の完全抑制を目標とした「“風疹ゼロ”プロジェクト2018年」を立ち上げ、東京オリンピックの開催される2020年までに風疹の排除をすることが厚生労働省の目標となっています。
ところで、今年4月から日本で放映されているNHK連続テレビ小説「半分、青い。」のヒロイン楡野鈴愛(昭和44年生まれの設定)は、小学校3年生の時に自覚症状がないまま、おたふく風邪を患った影響で左耳を失聴しました。これを「ムンプス難聴」と言います。カタカナで表記されるムンプスとは、英語でMumps、日本語で流行性耳下腺炎、おたふく風邪のことです。ムンプスウイルスが左耳の内耳に侵入して細胞にダメージを与えてムンプス難聴を急性発症し、その後遺症が残ります。おたふくかぜ患者のうち、約0.01〜0.5%にムンプス難聴が発症すると言われています。
最後に、これらの疾患の唯一の予防法はワクチン接種です。グローバル化により、多くの人が空路で移動する昨今です。妊活を考える20〜30代の方は、特に積極的にMMRの予防接種を受け、またお子様にはスケジュール通りの予防接種を行うようにしてください。
佐藤厚
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。
2008年よりLondon Drugs (Gibsons)勤務。
2014年、旅行医学の国際認定(CTH)を取得し、現在薬局内でトラベルクリニックを担当。
2016年、認定糖尿病指導士(CDE)。