2018年12月20日 第51号
2018年も残すところ僅かとなりましたが、今年も色々なことが起こりました。特に日本各地の自然災害や、カナダの大規模な山火事と、もはや世界的な天変地異が起きているといっても過言ではありません。一方で、肉眼で見ることは出来ないものの、現在世界的な脅威とよばれているのが「薬剤耐性菌(Antimicrobial Resistance (AMR)」の問題です。
肺炎や中耳炎など、細菌による感染症にかかると、医師は抗菌薬を処方します。英語では、antibiotic(アンティバイオティック)やantimicrobial(アンティマイクロバイアル)と呼ばれ、この薬は細菌を死滅させることで病気を治します。1928年に、英国のアレクサンダー・フレミング医師によりペニシリンが発見されて以来、人類はたくさんの病気を克服してきました。
しかし、細菌は、一方的に薬にやられてばかりではありません。自らの性質を変化させることで、抗菌薬から生き延びる術を身につけてきました。これが薬剤耐性です。人類は、そのような菌種に遭遇するたびに、新たな抗菌薬を開発してきましたが、その度に細菌は新たな耐性を身につけてきました。つまり、抗菌薬と細菌は、「いたちごっこ」の関係を続けてきたのです。
日本の厚生労働省によると、2050年には「全世界で年間1000万人が薬剤耐性菌により死亡」すると推定されており、これはガンによる死亡者数を上回ることになります。世界保健機構(WHO)は早くからこの問題解決に向けて動き始め、最近は日本でも政府が本腰を入れて薬剤耐性菌対策に取り組むようになり、一般向けにもメディアを通じて認知向上が図られています。
抗菌薬を処方するのは医療者の問題なのに、何故そこまで一般向けに宣伝をしているかと疑問に思う方もいるかもしれません。でも、抗菌薬を使用する一般の方にも出来ることはあるのです。
(1)抗菌薬は、必ず処方日数分を飲みきりましょう。抗菌薬を飲み始めて何日か経って症状が改善し、自己判断により服薬を中止する人はたくさんいます。症状がなくなったのに薬を飲み続けるのが面倒な人もいれば、近い将来同じ症状にかかった時に取っておこうと思う人もいるからです。しかし、抗菌薬の服用を自己判断で中止したがために、元の症状がぶり返してしまい、さらに長期にわたり抗菌薬の使用を続けることになると、薬剤耐性の生じるリスクが高まります。したがって、特別な指示がない限り、処方された抗菌薬は、最後まで服用することが非常に重要なのです。
(2)風邪の症状に対して抗菌薬は効果がないことを覚えておきましょう。風邪の原因はウィルスであり、このウィルスに対する薬は存在しません。鼻水や微熱、喉の痛みといった感冒症状のためにクリニックに行き、長時間も待合室で待ったあげく、「喉の痛みはウィルスによるもので、これに効く薬はありません。塩水でよくうがいをして、あとは飴をなめておいてください」と3分以下の診療をされては、納得できない人も多いと思います。この点については、カナダの医師は徹底しており、抗菌薬が処方されることはありません。しかし、以前の日本では、同様の状況において、患者さんが「診察のために長い時間待ったんですから、薬の一つくらい処方してください!」といえば、医師の方も「それじゃあ、念のために抗菌薬を処方しておきましょう。」となる場合が多く、これが不要な抗菌薬の使用を招いていました。しかし、最近では、抗菌薬の効果が認められている原因菌に対して、特定の抗菌薬を使うようになってきています。
(3)感染症そのものを防ぐように心がけましょう。 そもそも抗菌薬を使わなければ、薬剤耐性菌が生じることはありません。手洗いやうがい、規則正しい生活と十分な睡眠、素早い傷口の消毒等々により、ある程度感染症のリスクレベルを下げることは可能です。また、ワクチンの利用可能な疾患に関しては、予防接種を受けることで病気を未然に防ぐことができます。
ということで、今年もまた無事に、1年間を通してお薬の時間の連載を続けることができました。これも一重に、皆さまの支えがあったからに他なりません。暖かい励ましの声を掛けて頂いた皆様に、心の底から感謝申し上げます。時節柄、ご多忙のことと思いますが、手洗いとうがいを徹底し、くれぐれも体調などお崩しになられぬよう、お気をつけください。どうか楽しいクリスマスと、よいお年をお過ごしください。
佐藤厚
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。
2008年よりLondon Drugs (Gibsons)勤務。
2014年、旅行医学の国際認定(CTH)を取得し、現在薬局内でトラベルクリニックを担当。
2016年、認定糖尿病指導士(CDE)。