2020年2月20日 第8号

今回はコラム「お薬の時間ですよ」の特別版として、現在、世界的な問題となっている新型コロナウィルスの話をお送りします。

疫病神の仕業?

 人類の歴史を振り返ると、いつの時代においても、人は感染症と闘ってきました。感染症とは、病原微生物が体内に侵入して、一定の潜伏期間を経たのちに症状が出る病気です。

 感染症の中でも特に伝染力の強いものは、古くから「疫病(えきびょう)」と呼ばれ、人々に恐れられてきました。疫病が疫病神(やくびょうがみ)や怨霊の仕業であると考えられた時代には、目に見えない神様の怒りを鎮めるために祈祷や祭礼などが行われ、その名残は今も日本各地に見られます。

 世界に目を移すと、古代ギリシャ文明を衰亡させたといわれる「アテナイの疫病」が起こったとき、患者たちは神殿に助けを求めてつめかけて、神にすがったものの病苦に打ち負かされたとか。一時はペストと思われたこの病は、発疹チフス、天然痘と並んで麻疹(はしか)も有力候補といわれており、いくつもの感染症が同時に流行していた様子がうかがわれます。

疫病神の姿と名前

 さて、昔は目に見えなかった疫病神も、最近では高性能の顕微鏡により、その姿や形がハッキリするようになりました。病原体ウイルスの中でも、周囲に太陽のコロナのような突起した王冠の形状をもつものに「コロナウイルス」という名前がつけられ、コロナウイルスには風邪のウイルス4種類と、動物から感染する重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)と中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)の2種類が知られています。

 そして、年明けから現在に至るまでメディアを席巻しているのは、上記のいずれのウイルスとも同一ではない、「新種」のコロナウイルスです。新種であるが故に、メディアでは新型コロナウイルスと呼ばれ、学術誌でも2019年に発生したNovel Coronavirusという意味の「2019-nCoV」という表記が用いられてきました。

 しかし、2020年2月11日、世界保健機構(WHO)により「COVID-19」(コービッド・ナインティーンと発音。以下、COVID-19と表記。)という正式名称が発表されました。英語のCoronavirusと、病気を意味するDisease、新型肺炎が最初に確認された2019年を組み合わせた単純な名前ですが、今時、特定の地域や動物、人の集団などと関連づけると、いじめや差別、特定の産業へのダメージがエスカレートするようですから、そのような事情に配慮された名称となりました。

文化の違いと感染症

 メディアでは、連日のようにCOVID-19の患者数や死者の数、ひいては各国の政府が大きくフォーカスされていますが、さらなる感染拡大を防ぐには、原因の追究が欠かせません。感染の起点と考えられている武漢華南海鮮卸売市場(現在は感染拡大防止のために閉鎖)では、タケネズミ、ダチョウ、ワニの子、ハリネズミなど、何十種類もの野生動物が生きたまま、あるいは殺処分した状態で売られ、これらの動物を食用とする特有の文化があります。

 また、これらの食材を販売する市場の衛生状態は、非常に劣悪であることが知られています。このように書くと、日本人の感覚としては、中国の中でもその市場だけが、限定的に衛生状態が悪かったかのように聞こえますが、それは違います。広大な国土に約14億人という人口を抱える中国は、汚水やゴミ、排泄物の処理において、日本やカナダのレベルには遠く及ばず、従って水や空気の汚染は激しく、また、公共の医療に手の届かない貧しい人も数多くいます。

 また、ところ構わず痰を吐き捨てる習慣は有名ですから、感染症の原因となる細菌やウイルスが繁殖・拡散しやすい環境が既に出来上がっていたのです。

マスク文化

 今回の流行で何度となく報道されていますが、通常のマスクはウイルスが体内に侵入するのを防ぐことはできません。ただ、どんなに専門家がこのコメントを繰り返しても、日本人や多くのアジア人は予防手段としてのマスク着用を続けており、私は、これも一つの文化ではないかと考えています。

 これに対して、合理主義の北米では、病気の人がマスクをすることで、咳やくしゃみによるウイルスの飛沫感染を防ぐという考え方が幅広く浸透しています。ただ、今回のケースにおいては、私の勤務薬局はもとより、多くの小売店で1月からマスクの品切れ状態が続いています。手指用のアルコール消毒剤はCOVID-19に効果があると言われているため、こちらの商品も私の勤務先では総じて品切れとなっています。これらの商品を入荷できないという説明に納得できないお客様もたまにいますが、それでも無いものは無いのです。唯一の代替手段として「こまめな手洗い」を奨励しています。

ないないづくしの中で

 無いのは、マスクとアルコール消毒剤だけではありません。COVID-19には、有効なワクチンもありませんし、これといった治療法もありません。

 ただ、抗エイズウイルス薬がCOVID-19に有効であるという報告があったことから、日本でも同じ薬を使った臨床試験の早期開始に向けて準備を進めていると発表がありました。このような薬がCOVID-19の治療薬として承認された際には、薬代が非常に高額になるのでは無いかという心配をしてしまいますが、お金には変えられない状況になっていきていることも確かです。一日でも早く、有効な治療薬を確立してほしいと願うばかりです。

いざとなったら?

 BC Centre for Disease Control によれば、カナダ国内のCOVID-19の感染リスクは低いとされていますが、基本的な予防手段としてこまめな手洗いは継続して頂きたいと思います。風邪の症状や、4日以上継続する37.5℃以上の発熱、咳や呼吸困難、筋肉痛、倦怠感といった症状が出た際には、充分な水分補給と休養を基本とした自宅療養を中心としつつも、最寄りのヘルスユニットやファミリードクター、ナースライン(811)に相談するようにしてください。

 人類の歴史を振り返れば、どんな感染症も収束する時がやってきます。今はよく手を洗いながら、その時を待ちましょう。

 


佐藤厚

新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。
2008年よりLondon Drugs (Gibsons)勤務。
2014年、旅行医学の国際認定(CTH)を取得し、現在薬局内でトラベルクリニックを担当。
2016年、認定糖尿病指導士(CDE)。

 

 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は今号をもちまして終了いたします。

しかし、日系コミュニティーに支援されて41 年余り続いてきた新報を存続させたいとの思いから、オンラインによるウェブサイトでの情報発信を継続することになりました。

SNS を含むオンラインは、弊紙で記者をしておりました三島直美と西川桂子が、責任者として引き継ぎ新体制で再出発する予定です。

今後も引き続き、ウェブサイトの閲覧をよろしくお願いいたします。