2019年10月17日 第42号
日本では、先月からラグビーのワールドカップが開催されていますが、色々な部分で目を引く部分があります。まず、日本代表チームの人種の豊かなこと。日本選手といえば、日本生まれの純粋な日本人ばかりという時代は終わり、現在の代表選手の肌の色や出身国は色々。また、ラグビーは力と力のぶつかり合いのように見えますが、実際には非常に緻密なチームワークを必要とする、頭脳と頭脳の戦いです。相手の一瞬の隙をついて、攻撃に転じる様子は本当に圧巻ものです。その一方で、薬の世界では、製造過程の一瞬の隙をついて、N-ニトロソジメチルアミン(以下、NDMA)という発ガン性物質が、ラニチジン(成分名ranitidine、商品名Zantac)という薬に混入し、世界レベルで製品が回収されるという一大事に至っています。
私は、本社からの通知によりリコールの対応に迫られ、初期段階では該当するメーカーやロットを棚から取り除くという、通り一遍の対応から始まりましたが、その後の連絡では、メーカーを問わず全てのラニチジン含有製品を販売停止するようにという指示に変わりました。
このラニチジンという薬は、薬の専門用語でヒスタミン2受容体拮抗薬と呼ばれ、逆流性食道炎(Gastroesophageal reflux disease、GERD、胸焼け)の治療に用いられます。75mgと150mgの錠剤は処方せん不要の市販薬(商品名Zantac、ジェネリックも有)として販売されてきました。ただ、BC州政府の保険であるFair Pharmacareや民間保険は、費用を負担の対象としていたこともあり、医師の処方せんにより調剤することも多々ある薬です。
そして、このリコールの影響は日本にも派生しています。海外規制当局の情報を受けた厚生労働省は、9月17日付で、国内の製造・販売業者11社にラニチジン塩酸塩等における発がん性物質の分析を指示。これに基づき、各社が原薬についてNDMAの分析を実施したところ、管理水準を超える量のNDMAが検出され、有効期限内の全ロットを回収するに至りました。今のところ、発がん性を示唆する事象は認められていないというのは、不幸中の幸いといえます。
では、なぜこのような事態が起こったかといえば、原料となる薬の製造が、世界の限られたプラントに集約されているという現状があります。すると、製造過程で異物の混入があると、そのプラントと契約している世界中の製薬会社や販売会社が影響を受けることになります。NDMAは誰かが意図して混ぜたものではなく、製造過程の副産物として発生し、混入が起こったといわれています。ただ、そんな理由は消費者には関係なく、発ガン性物質が薬に混入してしまったという事実は、非常に問題です。
それでは、ラニチジンを服用している皆さんは、どうしたら良いかが、一番気になる部分かと思いますので、具体的なアイデアを紹介します。まず、ラニチジンの服用をストップするのがベストです。世の中に出回っている全てのラニチジン製剤にNDMAが混入している訳ではありませんが、その恐れがあるということですから、服用は中止しましょう。次に、ラニチジンの代替薬を探します。今回のリコールによって、消費者や医師は、一度に同じような薬を求めており、これは2次的な供給の問題を引き起こしています。例えば、ラニチジンと同じ薬理作用をもつ市販薬のファモチジン(商品名Pepcid AC)は、ラニチジンのリコールが発表されてから一瞬で売り切れ、その後は十分な供給に至っていません。ラニチジンとはやや異なる仕組みで胃酸を抑える薬が、プロトンポンプ阻害薬(PPI)と呼ばれるグループの薬で、これがもう一つの選択肢です。PPIの代表例として、esomeprazole(商品名Nexium)omeprazole (Losec, Olex)、rabeprazole (Pariet)、pantoprazole magnesium (Tecta)などがあります。BC州の薬剤費の公的保険を担当するPharmacareは、これまでラニチジンの費用がカバーされていた患者さんについて、「pantoprazole magnesium」へと医師が薬を変更した場合、特別な手続きをしなくても、継続して公費負担を受けられるようにしました。残念ながら、薬剤師の力だけでは、ラニチジンからpantoprazole magnesiumや、他のPPIへの変更はできません。薬剤師が医師に連絡をとるか、患者さんが直接医師の診察を受け、薬の変更について話し合う必要があります。ただ、Nexium 20mgとOlex 20mgという2種類のPPIについては、処方せんがなくても購入できますので、こちらもご検討ください。
佐藤厚
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。
2008年よりLondon Drugs (Gibsons)勤務。
2014年、旅行医学の国際認定(CTH)を取得し、現在薬局内でトラベルクリニックを担当。
2016年、認定糖尿病指導士(CDE)。