2018年8月16日 第33号

 昭和一桁生まれ。小学生の時の盲腸の手術と、10代後半に病気療養していた時期を除き、大きな健康上の問題や持病はありませんでした。海沿いの町で生まれ育ったため、水泳は得意で、体育の時間の遠泳も完泳。ただし、運動がそれほど得意だったわけではないようです。普段の買い物や、出掛けた時に最寄りの駅やバス停まで歩く以外に、これといって運動はしていません。移動の際はもっぱら公共交通機関を利用しています。七十半ばを過ぎて、足元が少し不安定になり、出かける時は用心のために杖を使うようになりました。食事は出来合いの物や手のかからない物ですませ、料理をすることが減り、十分な栄養が摂れているかが心配です。

 最初に転倒したのは、買い物に行った帰りです。少し下り坂になった公園の道で躓き、転びました。手首の骨にひびが入り、転んだ拍子に顔も打ったのか、片方の目の周りの痣が消えるまでしばらくかかりました。この転倒がきっかけで、杖を使うようになりました。次に転んだのは自宅の前。銀行にお金を下ろしに行った帰りに、自宅前の数段の階段で転び、動けなくなっていたところを近所の人が見つけ、救急車で病院に運ばれました。頭を打っていたこともあり、そのまましばらく入院。退院する頃には、介助なしでは歩けなくなっていました。三度目に転倒したのは、自宅のお手洗いで、股関節の部分の骨を折った時です。骨粗鬆症で骨が脆くなっていたため、いとも簡単に折れてしまいました。人工股関節置換術を受け、病院で安静にしていたことで、身体全体の筋力が衰え、歩くことが更に難しくなりました。この入院で、認知症が一気に進行したようです。

 認知症の症状のひとつに、転びやすくなることがあります。同年代の認知症ではない人に比べ、転倒する確率が4倍ほど高くなるといわれています。例えば、距離、高低、奥行きを正しく判断することが難しくなり、椅子に座ろうとして、床にしり餅をついてしまいます。また、空間の認識を誤ることにより、安全に階段の上がり下りができず、階段を踏み外すこともあります。視覚の変化や妄想により、私たちが普通に見ている物や、部屋の中の模様、床のパターンが他の物に見えることもあります。例えば、床やカーペットの色が濃く、何色にも分かれていると、階段や家具があるように見えてしまうため、望ましいのは、薄めの単色です。光沢のあるタイルのような床は濡れているように見え、その部屋を避けようとするため、光沢のない素材の床が混乱を防ぎます。ドアの前に置いた玄関マット、特に黒っぽいものは、四角い穴のように見えてしまうため、取り除きます。

 最も転倒事故が起きやすいのは、屋内、中でもお手洗いや浴室です。床はいつも乾いた状態に保ち、使用する時は滑り止めのマットを敷くと安心です。壁や床と対照的な色の手摺りを取り付けることも、安全に移動する助けになります。トイレの蓋は外し、便座を濃い色の物に替えると、お手洗いがより使いやすくなります。他にも、ずっと腰掛けていると転倒のリスクが増すため、できるだけ身体を動かすことにより、筋力やバランス感覚を保てるようにします。また、認知症の人が食事をすることを忘れることや、食事をしたがらないことは、珍しいことではありません。 栄養のバランスのとれた食事をすることや、十分な水分補給をすること、更には食事を抜かないことにより、血糖値が一定に保たれ、転倒や気持ちが混乱するきっかけを減らします。また、服用している薬やその量を変えた際にも転倒のリスクが高まります。定期的にかかりつけ医の診察を受けることや、薬剤師に相談することも、転倒を防ぐ上で大切な要素です。

 「転倒・骨折がきっかけで寝たきりになる」というシナリオを地でいかないためにも、認知症の人の日頃の生活の変化を見落とさない気配りが、介護者の重要な役割のひとつです。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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