2018年7月19日 第29号
いつものように、連載記事のヒントになる事柄はないかと、インターネットで検索していました。キーワードは、「日系人」と「記憶」。そこで行き着いたのが、 「折り紙」。この「折り紙」をアクティビティーに取り入れている介護施設が出てきました。
アメリカのロサンゼルス市に、日系人高齢者向けの介護施設があります。入居者は全員日系人。中には、日本人の両親のもとに、アメリカで生まれ、日本で教育を受けて、再びアメリカに戻って来たという方も少なからずいます。 英語よりも日本語のほうが楽に話せるという入居者が少なくないため、日本語を話すスタッフが24時間常駐しています。
施設内で行われるアクティビティーの中でも、「折り紙教室」が一番人気。毎月、ボランティアの講師に教わりながら、いろいろな種類の折り紙を一緒に折ります。今まで折ったことのないものは、講師の折り方を見ながら折りますが、「鶴」は、折り方を教えてもらう必要はありません。折り方は幼少期に覚えたもので、参加者全員が得意とし、 それを忘れることはありません。
この施設では、 入居者の心に深く刻まれている、日系人として親から教えられた、慣れ親しんだ日本の文化や価値観が、幼少期の思い出や記憶と結びつく刺激に注目しているそうです。日本で生まれ育ち、その後、渡米した後の暮らしのほうが長くなった日系人高齢者だけでなく、アメリカ生まれの日系二世や三世の入居者でも、日本文化を好む傾向があるそうです。編み物やピアノなど、指先を細かく動かす作業を続けている人は、そうでない人と比較すると、認知症の発症率が低いということもわかってきているため、入居者を定期的に回診している、この施設の担当医も、指先を動かす折り紙を推奨しています。施設長も、「正確に折る」、「集中する」ことで、脳が刺激されることを目の当たりにし、「折り紙教室」がこの施設のアクティビティーの定番になっているようです。
認知症が始まると、最近の記憶が残りにくくなりますが、昔の記憶は残っています。この施設にも、認知症の入居者がいて、毎日、一日中「鶴」を折っています。どんどん増える「鶴」は、七夕祭りや施設のロビーの飾り付けとして使われています。この施設の施設長は、「鶴を折る係」という役割が、この入居者の自尊心の維持と毎日の習慣をもたらしているとみています。
これはまさに、「回想法」を 行っているようなものです。「回想法」とは、懐かしい物や映像を見て、思い出を語り合う方法で、心理療法として開発されました。昔を思い出し、人と語り合う時、脳の前頭前野の血流が増すことがわかっており、脳を活性化し、情緒を安定させ、長く続けることで、認知症の進行やうつ状態の改善に繋がる可能性があると言われています。
そこで、この「回想法」について、さらに検索して行き着いたのが、「回想法ライブラリー」です。「NHKアーカイブス」のウェブサイトで、「昔の暮らし」、「昔の番組」、「昔の日本各地」のカテゴリーで、年代別にいろいろな種類の動画を見ることができます。実際に動画を見てみました。1960年代の「家庭」という細かいカテゴリーを選ぶと、この年代に庶民の生活に新しく登場したものがたくさん出てきます。「三種の神器」と呼ばれた「テレビ 、電気洗濯機、電気冷蔵庫」が出てくる場面では、 洗濯機の手回し式の脱水機を回し、母の手伝いをした小さい頃の記憶が蘇ります。回しながら、誤って自分の手まで脱水してしまいそうになったことまで思い出しました。このようなツールは、認知症のご家族がいる介護者が、介護を続ける生活の中に簡単に「回想法」を取り入れるきっかけになりえます。
私はと言えば、あまりの懐かしさから、脳の活性化を名目に、しばらくの間、「回想法ライブラリー」にはまりそうです。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定