2018年8月9日 第32号

 「この頃、何もないところでよくつまずく」、「この間、階段を踏み外しそうになった」、「平坦な場所で転んで怪我をした」…。心当たりはありませんか?

 これは、加齢による視力の低下や物を立体視する能力の低下により、ちょっとした段差に気付きにくかったり、筋力が衰えたりしているために転ぶことに起因しています。思いもよらない場所で転ぶことも増えます。それでは、一体どのような場所で転びやすいのでしょうか。

 まず、屋外では、石畳やアスファルトの継ぎ目、特に1センチほどの小さな段差ほど注意が向かないため危険です。街路樹の下も、樹木が根を張り、道路が膨らんでいたり割れていたりするので、転倒の原因になります。横断歩道と道路の段差は、大きいと気をつけるのですが、歩道が整備されていない道では、車や自転車を避けて端を歩きすぎ、ちょっとした段差を見過ごしてしまいます。

 屋外では、ある程度、気をつけながら歩きますが、実は、屋内、しかも、住み慣れた自宅で転ぶケースが意外と多いのです。まず思いつくのは、敷居などの小さな段差です。わずか数センチの段差で、そこにあることはわかっていてもつまずきます。床に無造作に這い回るタコ足配線でつないだ電気コードは、足を引っ掛けて転ぶ一番の原因です。ずっと使っていて縁がめくれ上がったカーペットやアクセントラグにも、足を引っ掛けて転ぶことがあります。和式の生活で使う座布団も、縁につまずいたり、踏んで滑って転んでしまう原因になります。

 このように、屋内外を問わず、あらゆる所に転倒の危険が潜んでいます。転倒してもかすり傷程度ですめばいいのですが、先ほどのような理由から、歳を重ねるにつれ、健康な人でも転倒が骨折につながる可能性が高まります。転倒が原因で骨折しやすい部位は、肩(上腕骨骨折)、手首(橈骨遠位端骨折)、背骨(脊椎圧迫骨折)、股(大腿骨近位部骨折)です。中でも、「大腿骨近位部骨折」は、生活の質が著しく低下する原因となり、特に高齢者が寝たきりになる理由として圧倒的に多いのも、この部位の骨折です。

 この部位を骨折すると、自由に動けない寝たきりの状態で、手術までの期間を過ごすことになります。カナダ在住の皆さんには、ヒップ・リプレイスメント手術(Hip Replacement Surgery)と言うほうが馴染みが深い、「人工股関節置換術」で、折れた部分を人工関節に取り替える手術や、骨折した部分を金属で固定する「骨接合術」の後も、しばらくの間は安静が必要です。安静にしている必要があるため、骨折した部分はもとより、体のその他の部分の筋力も衰え、さらには体全体の機能まで低下してしまいます。1週間寝たきりで、10%から20%の筋肉が落ち、1カ月ほどで歩けない状態にまでなるといわれています。事実、介護が必要になった原因の第5位には、「転倒・骨折」が入っています。(厚生労働省「平成19年国民生活基準調査の概況」より)

 安静状態が続くことにより、身体的機能が低下するだけでなく、認知症の進行が早まります。入院することで、認知症の症状がなかった人にも症状が出てくることもあります。安静状態は、活動量の低下を招き、人と接する機会も減らしてしまいます。その結果、脳への刺激が少なくなり、「動かないと動けなくなる」という、認知症の進行が早まる悪循環を招きます。また、病院という、自宅とは異なる環境での心的ストレスも、進行に拍車をかけてしまいます。

 認知症の進行をなるべく緩やかに抑えるためにも、寝たきりにならないためにも、入院を回避することが最善策のようです。それには、骨折につながる転倒を防ぐこと。これに尽きます。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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