2018年10月4日 第40号
認知症と診断された人は、一体どのような気持ちで、進行していく認知症と向き合っているのでしょうか。
ネット上で探してみると、インタビューを基にした、BBCニュースのドキュメンタリーが出てきました。登場するのは、アルツハイマー型認知症と診断された、進行段階が少しずつ違う3人。この3人の1カ月間の生活を取材しています。そのうち、発症年齢や、進行程度が似通っているふたりが話すことに、共通点がありました。 (注:実際のインタビューは、3年以上前に行われたものです。)最初の人は、英国の保健制度の運営部門で20年働いてきた58歳の女性です。インタビューの1年前に、アルツハイマー型認知症と診断されました。勤め先のミーティングの途中で、あまりにも簡単な言葉が思い出せないことに自ら気付きました。認知症の症状をはっきり自覚したきっかけは、ある日、仕事中に自分のオフィスから出た途端に、自分がどこにいるのか、聞こえてくる声が誰の声なのかわからなくなったことです。途方に暮れ、その場に立ちすくむしかありませんでした。ただ、誰かに声をかけられると困るので、急いで職場内で唯一鍵のかかるお手洗いへと向かいました。個室に入り鍵を閉め、しばらく待っていると、少しずつ頭の中の霧が晴れてきました。
日々の生活をスムーズに送るために、家の冷蔵庫の扉の予定表に、毎日の予定を書いておきます。大切な家族の写真も貼ってあります。キッチン・カウンターの電気ケトルの横には、朝の分の薬ケースが置かれています。ここに置いておけば、朝、薬を飲み忘れることがありません。写真は、寝室の壁にも飾ってあります。家族、友達、ペットの猫、思い出のある場所。撮った場所や人は思い出せなくても、その時感じた気持ちが蘇り、幸せな気分になれます。
認知症の診断が下った時、ショックを受けるより、わからないことからくる不安がなくなり、ほっとしました。一番恐れていることは、自分で自分が誰だかわからなくなること、自立した生活が送れなくなること、そして、世の中で一番大切な、ふたりの娘たちの顔を忘れることです。娘たちには、ふたりが誰だか思い出せなくなっても、愛情からくる感情のつながりは消えないことを忘れないで、と伝えてあります。
次に登場したのは、30年以上、小学校の教員を続け、インタビューの4年前にアルツハイマー型認知症と診断されるまで、小学校の校長先生をしていた58歳の男性です。本人が日記形式で撮った、日々の生活のビデオの映像も出てきます。ある日の日記では、最近、頭に霧がかかったように感じる日が増えてきていることを話しています。特に、言葉を思い出すことが難しくなったと感じていて、調子のいい日は、周りの人が認知症であることを疑いたくなるほど冴えていますが、調子の悪い日は内に籠りがちになり、面識のない人には、本当の自分がわかってもらえません。それをかなり苛立たしく感じると同時に、今までできたことができない自分に対する怒りも強く感じています。
別のある日の日記では、朝の歯磨き、髭剃り、髪を梳かすことなどを忘れない方法を紹介しています。使う物をまとめて容器に入れておき、まず、使う前にすべて取り出し、使った物から容器に戻し、全部終わると、すべてが元の容器に収まります。簡単な方法ですが、自立した生活を送る上で、とても大切なことだと感じています。
また、会話の途中で相手が言ったことや、自分の答えを忘れることが増えたことを強く感じています。しかし、会話の内容は忘れても、その時の自分の気持や、相手から感じた気持ちは忘れません。インタビューの中でも、その内容は忘れるだろうと言っていますが、自分の今を話すことにより、同じような経験をしている人の助けになるばかりでなく、それが、自分の気持ちをポジティブにすると感じる気持ちは忘れないと語っています。
認知症が進行し、記憶を失っても、感情は残る。それを、身をもって体験している人たちの証言です。良くも悪くも感情は残ります。周りの人たちもそれを理解した上で、 認知症とつき合っていくことが重要です。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定