2019年1月10日 第2号

 認知症は、認知機能の障害により、社会生活などが困難になる病気の総称です。その代表的なものが、「アルツハイマー型認知症」です。他にも、「アルツハイマー型認知症」に次いで多い、「レビー小体型認知症」や「脳血管性認知症」、それに続いて多い「前頭側頭型認知症」など、様々な種類があります。そのため、いろいろな症状があり、認知症ではない他の病気に間違えられることがあります。

 認知症の中で、罹患率が最も高いとされる「アルツハイマー型認知症」と間違えられやすい疾患のひとつに、「特発性正常圧水頭症」があります。この疾患に最初に現れる症状は、「つまずき」と「小刻み歩き」です。これらの症状は、「特発性正常圧水頭症」の初期に出やすい歩行障害の症状で、認知症の初期症状とは異なります。その後、認知症の症状と似通った症状である「物忘れ」が目立つようになりますが、その原因は記憶障害というよりも、集中力や注意力が散漫になるというような、精神活動の低下に起因するようです。さらに病状が進むと、「意欲の低下」が現れます。一日中、何もやる気が起きず、日がなぼーっとしていたり、声をかけても反応が遅かったりします。また、それまで持っていた趣味に関心を示さなくなったり、表情が乏しくなったりします。その後、さらに症状が進行すると、尿失禁などの症状が現れます。

 私たちの脳や脊髄は、「髄液」という液体に包まれています。この「髄液」を主に生産するのが「脳室」です。「脳室」から流れ出る「髄液」が脳内を循環することにより、脳内の圧力が一定に保たれます。この循環が、何らかの理由で滞ってしまうのが、「特発性正常圧水頭症」です。その結果、髄液が脳内に溜まり、脳室が膨張し、脳全体が圧迫されることで、様々な症状が現れます。

 その発症リスク要因は明らかではありませんが、老化がその大きなもののひとつとされています。最初に現れる、「つまずき」や「小刻み歩き」のような歩行障害は、「特発性正常圧水頭症」の典型的な症状です。これは、「脳室」が膨張することにより、最初に影響を受ける部分が、足の運動を司る「前頭葉上部」のため、この部分が圧迫されることで歩行障害が現れます。その後、「脳室」が膨張し続けるにつれ、影響を受ける部分が増えていきます。「物忘れ」や「意欲の低下」といった症状は、圧迫により脳の血流が減少し、脳の機能が低下することにより現れます。

 「特発性正常圧水頭症」は日本でもつい最近、診療ガイドラインが定められたばかりの、まだあまり知られていない疾患です。MRIの画像を比較しても、アルツハイマー病とほとんど同じことから、アルツハイマー病と診断されるケースが大変多い理由のひとつになっています。患者のほとんどを60歳以上が占めるもので、決して特殊な疾患ではなく、正しい診断により、早期に適切な治療を行えば、回復が望めます。その方法が、「髄液シャント術」というものです。皮下に埋め込んだチューブを、腹腔または心房に留置することにより、溢れた髄液を脳室または腰椎から流します。それぞれ、「L−Pシャント術(腰椎腹腔短絡術)」、「V−Pシャント術(脳室腹腔短絡術)」、「V−Aシャント術(脳室心房短絡術)」と呼ばれます。

 「特発性正常圧水頭症」の症状は、「アルツハイマー型認知症」と似通っていますが、見分け方のポイントは、「アルツハイマー型認知症」が比較的ゆっくりと進行するのに比べ、「特発性正常圧水頭症」の場合、症状が短期間のうちに次々と現れることです。また、その初期症状は、前述の歩行障害が多く、「物忘れ」のような認知機能の症状はかなり軽度であることが多いのも特徴です。認知症の症状が見られるアルツハイマー病、脳萎縮、脳梗塞、パーキンソン病などの他の原因との識別が大変重要です。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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