2018年12月6日 第49号

 もしかして認知症かも、と疑うきっかけになる、ごく初期の症状に、「物覚えが悪くなる」、「計画や計算ができなくなる」、「整理整頓ができなくなる」ことなどがあります。加齢による症状と考えられがちなものが多く、 どうしても見過ごされてしまう兆候です。おおかたの場合、初期の段階では、これらの症状に最初に気付くのは本人ですが、周りの人たちにわかるほどの目立った症状ではありません。

 このような、比較的よく知られている症状の他に、近年の研究で、新たな認知症のサインが明らかになってきました。それは、食事の後に起きる激しい「眠気」。その原因は、「食後低血圧」と考えられています。 その典型的な症状には、「めまい」や「ふらつき」、「立ちくらみ」がありますが、食後のんびりしている間に眠くなり、つい眠ってしまうほどの「強い眠気」も症状のひとつです。この「強い眠気」が、認知症のサインと考えられ始めました。若い頃に比べて、食後に眠くなる頻度が増えた、または、眠気がかなり強く、どうしても眠ってしまう場合は、認知症の兆候かもしれません。

 「食後低血圧」とは、食後およそ30分から1時間の間に、食前と比べ、20mmHg以上、収縮期血圧(最高血圧)が低下することをいいます。健康な人でも、食後に血圧が若干下がることや、眠気を催すことはありますが、加齢や病気などで、代謝をコントロールする自律神経がうまく働かなくなっていたり、動脈硬化が進んでいたりすると、血圧を維持する機能がうまく作用しなくなり、食後に血圧が大きく下がってしまいます。その際、「強い眠気」が起き、それが認知症の発症リスクを高めることがわかってきました。では、なぜ「食後低血圧」が認知症のリスクを高めるのでしょうか?

 私たちの脳内には、「アミロイドβ」という毒性のある物質があり、これが脳内に溜まると、脳細胞が働かなくなり、アルツハイマー型認知症の発症につながると考えられています。脳内に十分な血流量があれば、「アミロイドβ」は洗い流され、なかなか蓄積しません。ところが、「食後低血圧」の場合、食後に胃腸の血流量が増加すると、脳の血流量は減少します。つまり、胃腸の血流量が増えると、本来維持するべき血圧のバランスが保てなくなります。その結果、血圧が下がってしまうと、脳に血液が送り出されなくなり、脳の血流量が急激に減ってしまいます。食事の度に脳の血流量が低下することにより、少しずつ脳内に「アミロイドβ」が溜まってしまいます。そのため、認知症の発症のリスクが高まる、という仕組みです。

 「食後低血圧」を引き起こす直接的な主要因は、食物中に含まれる炭水化物(ブドウ糖、アルコール、デンプンなど)と考えられています。他にも、「過食(暴飲・暴食)」、「早食い」などが症状を悪化させることがわかっています。特に、食べ物をあまり噛まずに食べる「早食い」は、脳に血液が集まりやすくなり、胃腸から分泌される、血圧低下作用のあるホルモン、「ニューロテンシン」が増加し、血圧維持作用のあるホルモン、「ソマトスタチン」が低下することで、低血圧を起こしやすくなります。

 この「食後低血圧」を予防するには、まず、炭水化物を摂り過ぎないこと。また、「早食い」をしないように、食べ物は一口30回以上、よく噛んで食べること。その刺激により、 血圧のコントロールを助けるホルモン分泌が安定することがわかっており、これが、「食後低血圧」の改善に有効と考えられています。また、同時に、噛むことが脳への刺激となり、脳細胞が活性化されるという効果もあります。

 認知症には、現在の時点で、完治する薬も治療法もありません。しかし、早期に発見することにより、進行を緩やかにすることは可能です。特に、認知症予備軍ともいわれる、MCI(軽度認知障害)の段階で発見できれば、認知症への移行を食い止めることができる場合もあることもわかっています。

 ちょっとした変化への気付きが、自分や家族、親しい人の認知症の早期発見につながります。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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