2017年11月16日 第46号
先日、仕事に出かける支度をしながら、いつも通りラジオを聞いていると、アイスホッケーのジュニア・リーグの試合でよく起きる、リンク上での素手の殴り合いの喧嘩の是非について議論していました。15歳から18歳くらいの子供たちが取っ組み合うのを、周りの観客が止めに入るどころか、実際の試合さながらに煽るというのです。素手での殴り合いには、それを取り締まる法律があるが、あくまでも成人を対象としたもので、未成年の場合、この行為自体が違法、という流れで話が進みました。私自身、アイスホッケーのファンではないので、初めは特に注意もせず、何となく聞いていましたが、「認知症」という一言が耳に入った途端、私の注意は一気に放送に引き込まれました。その放送のトピックは、「脳震盪が脳に与える影響」でした。
その後、話題は、素手の殴り合いから、試合中に起きる衝突や転倒による脳震盪に移りました。アイスホッケー、ボクシング、アメリカン・フットボール、ラグビーなどのコンタクト・スポーツ(必然的に相手の選手と肉体的接触があるスポーツ)や、軍事従事で受ける、脳への衝撃で起きる脳震盪とそれに伴う症状には、脳震盪を起こした直後に発生するものだけではなく、時間が経ってから現れるものもあります。大きな衝撃による、失神するほどの脳震盪だけでなく、気を失わなくとも、小さな衝撃を継続的に頭部に受けることによっても脳震盪は発生します。また、その時は明らかな症状がなくても、20年、30年先にその影響が出る可能性もあることがわかってきています。
頭部への衝撃から生じる、脳震盪を起因とする外力による脳損傷を「外傷性脳損傷」、脳が受けた外傷の影響が慢性化した状態のことを、「慢性外傷性脳損傷」と呼びます。その症状には、意識消失、記憶喪失、混乱、頭痛、めまい、嘔吐、抑鬱、希死念慮(死にたいと願うこと)などの他に、将来、薬物乱用、アルコール依存に陥りやすくなったり、認知症を発症するリスクが高くなるとも言われています。脳震盪と認知症発症のリスクについては、いくつも研究が発表されていますが、特に、アルツハイマー型認知症との関連が調べられています。大方の研究では、遺伝的にアルツハイマー型認知症を発症するリスクの高い被験者については、脳震盪が脳の衰えや認知機能の低下を早めるらしいことはわかっていますが、今のところ、脳震盪が、アルツハイマー型認知症の原因になるという結果は出ていません。しかし、脳震盪を起こしたことのある脳では、アルツハイマー型認知症で最初に影響が現れる脳の分野と同じ部分で、皮質の厚みが薄くなっていることがわかっています。このような研究は、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、慢性外傷性脳損傷などの脳機能障害の進行を早めると考えられている、脳震盪に関わる仕組みの特定に繋がる可能性を示唆しています。
これらの研究の結果から、若い頃に起こした脳震盪が、その後の脳の神経変性にどのような影響を与えるかを解明する可能性が見えてきました。 脳震盪を起こしたことがあり、大した症状はないと思われる場合でも、その症状を記録しておくことが重要だという理由がここにあります。また、脳震盪に関わる仕組みに的を絞り、脳の神経変性を遅らせる治療方法がいずれ開発されることも、それほど遠い未来の話ではないという意見もあります。
いつか、治療方法が開発され、認知症を治すことができるようになる日が来るまで、当面の間、自分にできることを地道に進めていく。生活習慣の見直し、新しい習い事、終活、もしもの時のための事前指示書の作成。何でも構いません。特に生活習慣に関しては、認知症の予防の最善策といわれています。 生まれ持った遺伝的な要素は変えることはできませんが、生活習慣は自分で変えることができます。 これが今、私たちにできることなのです。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定