2017年11月23日 第47号

 近年、「健康寿命」という言葉をよく耳にするようになりました。よく知られている「平均寿命」とはどう違うのでしょうか。

 「平均寿命」とは、「0歳時における平均余命」のことを意味します。つまり、生まれたばかりの赤ん坊が、その後何年生きられるかという期待値を示します。これに対して、「健康寿命」は、2000年にWHO(世界保健機構)が提唱した概念です。厚生労働省の定義によると、これは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことをいいます。つまり、日常的に介護を受ける必要がなく、自立した健康な生活ができる期間のことです。当然のことながら、平均寿命と健康寿命には差があります。

 厚生労働省の調査によると、両数値の最新データのある2013年で比較した場合、日本人男性の平均寿命が80・21歳に対し、健康寿命は71・19歳、女性の平均寿命が86・61歳に対し、健康寿命は74・21歳となっています。平均寿命と健康寿命の差が、日常生活に制限のある、自立した生活のできない「不健康な期間」で、男性は9・02年、女性は12・4年となっています。男女とも10年前後の期間を、何らかの形で誰かのお世話になって生活するということです。長いと思いませんか?

 多くの人は、ずっと元気に過ごし急にコロッと逝く「ピンピンころり」を望みますが、そのような最期を迎える人はそう多くはありません。例えば、認知症は徐々に進行する疾患のため、いずれ介護が必要になり、本人だけでなく、介護する家族の心身の負担や経済的な負担を招きます。ましてや、少子化に伴い家族の形態がすっかり変わった現在、長寿国と言われて久しい日本を含む急速な高齢化が進む社会では、「不健康な期間」が延びるにつれ、医療費や介護費用が嵩むばかりで、問題は深刻です。一人一人が自立した老後を送るためにも、社会を維持していくためにも、健康寿命を延ばして平均寿命との差を縮めることはとても重要なことになります。

 では、日本ではなぜ10年もの「不健康な期間」があるのか。この期間をどのように過ごすかを考えてみると、その答えが出てきます。母が複数の病院に入退院を繰り返したことで、実際に同室に入院していた他の患者さんの状態を見る機会がありました。どこの病院にも寝たきりの人はいましたが、特に最後に入った療養病棟では、さらにその数が多かったと思います。寝たきりで、口から食事を摂らない人でも、特に肌の色艶が良く、それほど痩せた印象がないのが胃瘻をつけている人。痩せ細っているのは、経静脈栄養の母だけ。しかし、いずれの場合も、人工的な栄養補給を延命手段として「生かされている」ため、心肺機能さえ停止しなければ、それを止めない限り生き続けます。

 しかし、通訳者として医療の現場に出向くことも多い立場として、こちらで入院している患者さんの状態を垣間見る機会がたくさんありますが、日本のような寝たきりの人は見たことがありません。 介護施設に入所していたり、何らかの理由で入院している場合も、ひとりでは起きられない人でも、介助により体を起こした状態でベットに座っていたり、 車椅子やベットの傍の椅子に座っています。本当に寝たきりになるのは、意識不明で集中治療室などに入院していたり、終末期のケアが行われている間だけでしょう。緩和ケア病棟でも、酸素吸入用の経鼻カニューレやマスクを着けていたり、点滴を受けていたりする場合はありますが、胃瘻のある患者さんはいません。こちらでの胃瘻の目的は、先天的または後天的な病気や外傷がある場合の治療の一環で、終末期の認知症や高齢者の延命手段ではありません。むしろ、人工栄養で延命を図ることは非倫理的という考え方さえあります。

 健康寿命を延ばすには、生活習慣や食生活の改善が大切です。しかし、それ以上に、終末期の延命措置のあり方を、真剣に見直す時期に来ているのではないでしょうか。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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