2017年11月9日 第45号

 認知症は、その種類により、実際の症状が出るまでにかなり時間がかかり、他の病気に比べると、進行の速度も比較的緩やかです。発症してから20年以上かかることもあることがわかっています。一般的に、まず、物忘れや同じ話の繰り返し、物を盗られる妄想や思い込みなどの初期症状が現れ始めます。認知症がさらに進むと、記憶障害や見当識障害(時間、場所、人がわからなくなる精神状態)、失語や失認(感覚器に異常がない、五感を通じた状況を把握する機能の低下)、計算力の衰えが顕著になってきます。徘徊、性格の変化、幻覚など、介護を難しくする様々な症状が現れるのもこの時期です。身だしなみや着替え、入浴など、簡単な生活動作にも支障が出始めます。身体的な症状は、まだそれほど目立ちません。

 その後、それまで行動的だった人でも体の動きが次第に鈍くなり、食欲や意欲が低下し、失禁などの症状も現れます。さらに、膀胱炎や気管支炎などの感染症にかかりやすくなり、筋力が低下するため、転倒して骨折しやすくなるのもこの時期です。さらに進行し、終末期を迎えると、いよいよ寝たきりになり、食べ物や飲み物を口から摂れなくなるため、体の衰弱が進みます。また、嚥下障害(飲食物がうまく飲み込めない状態)が現れ、食事中にむせて水や食べ物などが肺に入ったり、横になっている状態で唾液や痰が肺に入ったりすること(誤嚥)で、細菌が繁殖して炎症を起こし、誤嚥性肺炎を繰り返すようになります。この時期になると、意識と身体機能がほぼ並行して衰弱していくため、常にうとうとと傾眠している時間が長くなり、苦痛や不安を訴えることが少なくなります。合併症が原因で亡くなることも少なくありませんが、点滴、経鼻カテーテルや胃瘻を通して栄養剤を注入する経管栄養法、静脈にカテーテルを留置し、高カロリー輸液などの完全栄養を投与する経静脈栄養法などで栄養を補給しない限り、脱水や衰弱が進み、多くの場合、それほど遠くない時期に静かに最期がやってくるようです。

 しかし、終末期になり、食事ができなくなった時点、または、誤嚥性肺炎を避けるために医師からの提案があった時点で、何らかの人工的な栄養法を選択すると、そこで延命措置が開始されます。 本人の希望を確認することは既にできなくなっているため、事前の意思表示がない場合、少しでも長く生きてほしいと家族が望んでいれば、医師はそれに従うことになります。寝たきりのまま、何年も生き続ける可能性がある上、予後の予測は難しく、長期的な介護になることも覚悟しておく必要があります。また、人工的な栄養補給は医療行為のため、ある一定の例外を除き、通常、介護施設や在宅介護では行えません。入院したまま一度も自宅に戻ることなく、病院で亡くなることが多くなる理由がここにあります。

 と、ここまでが、日本で認知症の人が終末期に差し掛かったときのよくあるシナリオです。カナダでは、少し趣きが異なります。まず、延命のためだけに、胃瘻や経静脈栄養などが施されることはありません。また、認知症の終末期に入るまでに、判断能力があると見なされれば本人も参加して、家族と医療チームによる話し合いの機会が設けられます。延命治療についての本人の意思や家族の希望を伝えることはもとより、心肺停止状態になったときの、心肺蘇生措置についても話し合われます。認知症以外に疾患がなければ、介護施設か自宅での介護が基本ですから、施設や自宅で呼吸が止まったとき、救急車を呼ぶかどうかまで指定します。心肺蘇生措置を望まない場合、「救急車は呼ばない」という選択肢もあるため、それを徹底するために、緊急時の連絡先が記載され、かかりつけ医や本人または家族が署名した同意書を目につくところに掲示(普通、冷蔵庫の扉)しておきます。

 日本でもカナダでも、どのような形で人生を終えたいかを明確にしておくことで、自分の意思が尊重されるだけでなく、家族の精神的な負担をかなり軽くすることができます。

 あなたは、最期に何をしてほしいですか?

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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