2017年11月2日 第44号

 認知症は、一般的に、年齢や健康状態により個人差はありますが、 比較的ゆっくりと進行します。しかし、最後には寝たきりになり、食べ物もだんだん摂れなくなり、意識も朦朧としてきます。いずれ、口からの栄養摂取ができなくなり、点滴や胃瘻(いろう)、経鼻カテーテル(鼻からカテーテルを挿入し、胃や十二指腸に栄養物を送る方法)、静脈栄養法(静脈にカテーテルを留置し、高カロリー輸液などで栄養を送る方法)などで栄養を摂らなければ、脱水、衰弱し、それほど時間が経たないうちに死を迎えることになります。認知症が直接の死因ではなく、肺炎、心不全、腎不全などの合併症が原因という場合も少なくありません。

 このような状況では、心肺機能が停止するのは時間の問題で、実際に停止した場合、どのような医療処置を受けるかが争点になります。理想的なのは、前もって、事前医療指示書(Advance Directive)などで、入院中または救急搬送をされる際に、どのような医療措置に同意するか、または拒否するかを、あらかじめ指示しておくことです。これには、生命維持および延命治療に関する指示も含まれ、心肺機能が停止した場合の心肺蘇生措置拒否(DNR, Do Not Resuscitate)についても、指示しておくことができます。

 心肺蘇生措置拒否(DNR, Do Not Resuscitate)とは、終末期医療において、心肺停止状態になったときに、蘇生措置を行わない選択をすることです。蘇生措置をあえて行わないためには、自己判断能力がある人が、事前に明確な意思表示をすることが要件となります。具体的には、心肺停止状態になったとき、人工呼吸器の装着、胸骨圧迫(心臓マッサージ)、気管挿管(気管にチューブを挿入し、軌道を確保し、誤嚥(ごえん)を防ぐこと)、降圧剤の使用などの拒否がそれにあたります。この指示がない場合は、可能な限りの延命措置が行われます。

 心肺蘇生措置拒否は、その措置を望まないというだけで、それまでの治療やケアを行わないというわけではなく、治療の差し控えや中止とは異なります。また、状況の変化に応じ、指示の修正、停止、撤回をすることもできます。ところが、要件として「自己判断能力がある」という前提があるため、認知症が進行して判断能力がないと見なされた場合、本人が決めることはできません。本人による指示が準備されていなければ、その決定は家族の手に委ねられます。本人と家族が、延命治療について話し合っていれば、できるだけ本人の思いに沿った決定ができますが、そうでない場合は、本人のためというよりも、家族の感情や希望に基づく決定になる傾向があります。家族内で共通意見がまとまっても、全員が最終的な選択に納得していない場合もあり、わだかまりや後悔が残ってしまいます。意見がまとまらない場合は、担当医師の義務として、延命措置を行わざるを得ません。また、一旦始めた延命措置は、担当医師の判断で止められるものではなく、家族の同意が必要です。

 また、自宅療養中に心肺停止状態になったときにも、心肺蘇生措置拒否の指示を有効にするには、「救急車を呼ばない」ことも明確にしておく必要があります。望まない措置が行われないためには、家族以外の、介護に関わる全ての人にわかるように、指示書類や緊急時の連絡先を掲示しておきます。一般的に、冷蔵庫の扉にはられることが多いようです。救急救命士の義務は、命を助けること、つまり、目の前に倒れている人の健康状態、病気の有無やその予後に関わらず、心肺蘇生措置を行うことです。明確な指示がない限り、救急車を呼んだ時点で、その措置を行わないという選択肢はなくなります。

 延命治療の選択をする場合は、死後の臓器提供、埋葬や葬儀の仕方についても、十分話し合っておくべきです。「死」にまつわる話はしたくないという気持ちもわかります。しかし、悔いのない人生のためには、自分の望む最期を迎えることがゴールと考えます。年齢に関係なく、すべての大人が決めておくべきだことです。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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