2018年7月5日 第27号

 アトピー性皮膚炎を論じる時、皮膚掻痒症は避けて通れないもの。痒みとは各種皮膚疾患でよく聞かれる主訴の一つ、またこの痒みがある故に、掻きむしることで更に皮膚の状態が悪化していくという悪性循環に悩まされる患者が大勢いる。痒み止め治療は医者にとっても難関的な挑戦。患者の主観意識に強く左右されるので、臨床現場では、いくら万策が尽きても常に痒みを訴える症例に度々遭遇する。

 皮膚は、表皮と真皮、皮下組織の三層構造からできている。表皮を保護する外壁と言われるのは角層であり、水分を豊富に含んでいる。真皮は表皮の下に位置して、皮膚に栄養や酸素を補給する毛細血管が綿密に張り巡らされている。この表皮と真皮には痛みや痒みなどをキャッチする知覚神経が分布され、虫やダニに刺された時や毛糸のセーターを着るとチクチクして痒くなるのは、この知覚神経の末端が刺激されたのである。従って、皮膚掻痒症の発症要素としては、皮脂の欠乏や発汗の低下などによる角層の乾燥が誘因で、外部の刺激から皮膚を守るバリア機能が衰えるため、知覚神経が保護されずに過剰に刺激を受けて、痒みが生じやすくなる。

 痒み止めの治療によく知られるのは、西洋薬の抗ヒスタミン薬、抗アレルギー薬、更に強力なステロイド剤などが挙げられる。ここで昔から伝わって来た知る人が知るという痒み止めに効く幾つかのツボを紹介する。東洋医学の経絡理論によると、我々人間の体に生まれ付き備えられている薬箱があり、それはツボである。古来医学書の記載では、痒み止め効果のあるツボは数多く存在する。例えば、膝のお皿の下外側から指三本下にとる、ひじを曲げてできる横じわの親指側の先端にとる、膝のお皿の上内側の角から指3本分上にとる、血海の上、親指1本上にとるなどがある。アトピー性皮膚炎や蕁麻疹を患い、急に痒みが出た時、これらのツボをマッサージした上、患部を冷やすことで不思議に症状が緩和されることもある。

 痒みにおける漢方治療には、まず東洋医学の「・・」理論に基づいて体の病態を探る。皮膚掻痒症は、皮脂の欠乏や皮膚の乾燥が原因で、「」説が有力視されている。血は全身に酸素や栄養素を供給する役割があり、血の循環が滞ると皮膚にうまく栄養が行き届かず、皮脂や汗の分泌低下状態を招いて、皮膚の乾燥をもたらす。臨床的に、特に血虚が顕著で乾燥が強い患者には、不眠症や精神不安の症状を兼ねた患者には、高齢者で体質的に虚弱な患者には、など「補血剤」を用いる場合がしばしばある。なお、乾燥を防ぐ保湿剤の使用も必要。漢方治療の良さは、全身状態を見極めた上での調剤なので、主訴以外の症状も著しく改善される可能性がある。筆者も一定期間「補血剤」の使用で皮膚に潤いを与えることによって、元々眼科で診てもらっていたドライアイの症状が軽快し、皮膚の乾燥が消え、痒みが治まる症例を経験した。

 漢方治療は人間の心と体のバランスを重んじる一つの芸術とも言える。東洋医学の根底にある哲学では、すべての事象を陰と陽の相対立する二つのものがあると捉え、陰と陽のバランスのとれた状態がまさに健康な状態だと考える。これは面白く、現代医学の交感神経に対する副交感神経、アゴニストに対するアンタゴニストなどに通じるもの。陰陽のバランスが崩れた時は病気の状態とし、その歪みを修正し正常な状態に戻すことが治療である。つまり、足りないものを補足し、行き過ぎたものを是正し、有り余ったものを排除する。そして、冷えていれば温め、熱くなれば冷やし、緩んだ場合には緊張を与え、緊張しすぎには弛緩させ、滞った場合には循環を良くする等、常に身体全体のバランス状態を診て、整えることを主眼とした医療は漢方治療である。因みに、患者の状態を注意深く観察し、その人の性格や趣味、好みなどまでにも時間をかけて多角的に問診することによって多くの情報を引き出し、バランスの崩れ具合を察知して、診断と治療に臨むことが大事である。

 実際に東洋医学臨床上、人間の内臓、肝・心・脾・肺・腎を五臓、胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦を六腑に分けている。五臓と六腑は関連があるので、肺と大腸も相互関係を持つ。また皮膚呼吸と肺呼吸の視点から皮膚と肺は関係を持つ。更に皮膚や大腸を含めた消化管と肺は外界と接する点からも相互に共通関係を持っている。アトピー性皮膚炎に限らず皮膚の異常を是正するために、よく胃腸機能の改善が先決条件だと考えられる。最近の研究では、内臓を働かせる力を補う「補気薬」を用いて「脾虚」(気虚、胃腸機能が衰える)の改善を図ることで皮膚症状の寛解に役立つという報告があった。この補気薬の名方剤、「補中益気湯」は腸管免疫機能を高め、Th1/Th2バランスを改善することが科学的に解明された。ちなみに、免疫学的にTh1細胞を活性化することで異常亢進状態のTh2細胞を抑制し、更にIgE抗体産生を低下させる結果、アレルギー反応も抑制できる。古くから何となく使用していた補中益気のための処方におけるメカニズムが現代医学で証明された一例である。

 


医学博士 杜 一原(もりいちげん)
日本皮膚科・漢方科医師
BC州東洋医学専門医
BC Registered Dr. TCM. 
日本医科大学付属病院皮膚科医師
東京大学医学部漢方薬理学研究
東京ソフィアクリニック皮膚科医院院長、同漢方研究所所長
現在バンクーバーにて診療中。
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