2016年12月1日 第49号
日本料理食卓作法認定講師を取得して間もない頃、受講を希望される方から八つ当たりのような電話がありました。「恥をかいたのでテーブルマナーを教えてくれ」というのです。声を荒げ、私から「教えます」という了解を得るまで電話を切ろうとしない彼。とても興味深いエピソードなので今回はそれをご紹介します。
そして当日。待ち合わせ場所にいってみると、驚いたことに彼は真っ白な肌着を着て立っているではありませんか。
(前号からの続き)
強面を想像して会ってみると電話とは全く別人でごく普通の青年でした。そしてちょっとイケメン。
挨拶もそこそこに、彼は歩きながら近況を話し始めました。「僕は東京に住んでいて週末は親の介護のためにバイクで近県に帰省していて、今日はその帰りです。バイクに乗ってきたので汗をかいてしまった…。汗臭いと先生に失礼だと思ってシャツを買いました。Tシャツよりこちらの方が2枚入りで安かったので。同じ白だからあまりわからないかな?と思って肌着の方を買ったんですけどやっぱり肌着ってわかりますか」
肌着には困りましたが、彼なりの、ささやかでもその気遣いがなんともほほえましい気持ちになりました。
「それから、急に待ち合わせの場所を変えてしまってすみません。お店で直接会うと緊張してしまうので、道中歩きながら緊張をほぐしたかったんです。今日母親に先生と会うことを話したら、『おまえみたいな童顔、いきがったってすぐにバレるよ』って言われました」と少し照れくさそうに話してくれました。私も歩きながら緊張がほぐれて良かったです。
それにしても、電話を受けた時は、礼儀知らずのやんちゃな青年だと思って不安だったのですが、なんとも親孝行者ではありませんか。親の介護をする話を聞いて気持ちがホッコリと温かくなりました。こういう青年にこそ教えたい。そんな気持ちさえ芽生えはじめました。
さていよいよ実践です。
私はいつも通り目食の愉しみ方を指導し、お箸を付ける順番や器の持ち方、そしてフタの開け方を説明していきました。彼は一言の反論もせず、言われた通り素直に実践してくれました。姿勢が前に倒れすぎて犬食いになりそうな時には姿勢を正すように指導しました。肝心のお箸は正しく持っていたので安心でした。それにしても、後半になっても彼は『汚い食べ方』などしていませんでした。
私は当初から彼の言動に何か不自然さを感じていました。荒っぽい感じの青年が、テーブルマナーを本気で学びたいと思うものか。また、本当の彼の姿は、優しかったり、弱かったり。そんな自分を隠すために、現実と大きくかけ離れた言動でごまかしていたのではないかと思えました。
そこでレッスン中に質問をしてみました。
「どうしてマンツーマンを希望されたのですか」
「母は若い頃英語の教師でした。最近は認知症の予防に英語の勉強をしていて、グループよりマンツーマンでやった時の方が生き生きとしていたことを思いだしたのです。それで僕も何かを学ぶならマンツーマンがいいと思ったんです」
またまた想定外の返答に驚きましたが、マンツーマン指導を受けようとする志の高さが垣間見えた瞬間でした。今度は私の方が彼に興味を持ってしまいました。
(次回に続く)
(文 福本 衣李子)
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福本衣李子 (ふくもと・えりこ)プロフィール
青森県八戸市出身。接客コンサルタント。1978年帝国ホテルに入社。客室、レストラン、ルームサービスを経験。1983年結婚退職。1998年帝国ホテル子会社インペリアルエンタープライズ入社。関連会社の和食店女将となる。2005年スタッフ教育の会社『オフィスRan』を起業。2008年より(社)日本ホテル・レストラン技能協会にて日本料理、西洋料理、中国料理、テーブルマナー講師認定。FBO協会にて利き酒師認定。