2018年2月8日 第6号
1948年、蒋介石の国民軍と毛沢東の共産軍は中国国内の支配権をめぐり戦っていた。9月になると国民軍は満州の三大拠点、奉天と長春、錦州を残すのみとなった。さらに、共産軍は錦州を包囲して一斉攻撃に移ろうとしていた。10月8日、共産軍は25万にのぼる兵力で攻撃にうつると、10万を超す国民党兵士が市中に逃げ込むと、夏先生宅にも兵士が押し入り、食料を要求したという。闇市場からは、一切の食料が姿を消していた。この市場の状態は、日本軍がいた頃より大変な時代であったようにも見える。一説には日本軍が中国にいた頃の方が治安が良かったのではという意見もある。
主人公の父は、1937年12月に首都南京が日本軍に陥落する頃は、独身の好青年であり、共産党の地下組織にもなる劇団活動にも熱心であり、抗日の劇にも参加している。1949年の夏、共産勢力は破竹の勢いで南進していた。父と母は結婚をしてわずか二ヶ月。五つの峠を越えてゆく、長征の始まりである。新婚の父は母に言う。「共産党党員になるのは苦悩の道なのだ」と。覚悟の道のりなのである。
長征の旅は危険に満ち満ちている。「父は母を慰めようとして、声をかけた。君は強くならなければならない。若き『革命参加者』として、君は『五つの峠を越えて』進まなければならない。すなわち、家庭と職業と恋愛と生活と労働に対して、まったく新しい考えを身につけなければならない。そのためには、艱難辛苦を求める姿勢が大切だ。父は母にこう話した。母のように教養のある人間はブルジョワ的部分を改めて、人口の八割以上を占める農民にもっと近づかなくてはならない。」
長征は筆舌につくせない困難の連続であった。ある時は、豪雨の中を50キロメーターも歩いたという。母は地位の高い人が乗っているジープに乗せてもらうように頼むが、「父は、あの人(乗車している人)は違うと言う。御主人は1930年代にきた朝鮮の主席になった金日成と連合して日本軍を相手にゲリラ戦を指揮した人だよー。」と母をさとすのである。
ある時、母は下腹部が痛み、出血をして病院へ行くことになる。流産である。輸血を受けて助かるが、もう少しで命を落とすところであった。母は言う、「離婚してください」と。しかし、その後、献身的な父の介護に離婚の話をひっこめるのである。1949年10月1日、ラジオで特別放送があり、北京から、『中華人民共和国』の成立を宣言する毛沢東の演説が流れる。今、あれから70年あまりの歳月が流れ、中国は資本主義の西側と同じ道を歩み始めて、世界の経済大国になろうとしているのは、妙な想いがする。
さて、その二ヶ月前、国民党の蒋介石は中国本土をあきらめて台湾に逃亡している。「『中国の民衆は、ついに立ち上がった』という毛沢東の演説を聞きながら、心をぐらつかせた自分を叱った。中国を救うという偉大な目的にくらぶれば、自分の苦しみなど取るにたらぬものだった。」四川省が人民解放軍の手におちたのは、二ヶ月前のことで、蒋介石が本土をあきらめた日のことである。
1950年の夏は、史上まれにみる猛暑だった。イーピンは豊かな土地で一年働けば二年は楽に暮らせると言われたが、農民の八割が十分にたべられない状態であった。中国では飢餓が蔓延し平均寿命は四十歳まで落ち込んだ。その年、主人公の姉が数々の困難の中で誕生している。さらに1952年3月には、二番目の主人公自身の誕生である。しかし、この場合、肺炎の母は出産により肺を下から押し上げられていて圧力がなくなり、肺の空洞が再び開いて大出血を起こすと思われた。非常に難しいケースであった。しかも大変な難産で、頭だけは出たものの、大きく育ちすぎていたために産道で肩がつっかえてしまったという。
「夏先生(祖父)は、私が生まれたという知らせを聞くと『ああ、ワイルド スワン(野生の白鳥)がもう一人増えたね』と言って『ニ鴻(アルホン)』二番目のワイルド スワンという名前をつけてくれた。」
やがて、1951年になると「三反運動」が始まり、父や母も政治犯が収容される「幹校」に送られてゆき過酷な運命へと巻き込まれてゆく、母は「人間のすることである以上、革命は人間の弱さから逃げられないのかもしれない」と思いはじめるのである。
ワイルド スワンは成長と共に赤い鳥のごとく紅衛兵になるが、しだいにそれに馴染めなくなるのである。時代は少しずつ自由化へと進み行くと、中国全土から選ばれたわずかな留学生の一人となり、美しい翼を広げて、遠く英国へ白鳥のごとく羽ばたいてゆくのである。
それより少し前、農業訓練生としてアメリカ大陸のカナダに渡って大農場でもくもくと実習にはげんでいた小生と、主人公が同じ時代を生きてきたことの運命共同体の不思議を感じるのである。
この本は、その後、英国に移住したユン・チアンにより、英国で著作された。日本が150年かけたものを中国は70年でなしえたことは、この国の人々が大きな苦悩を乗り越えて初めてなしえたものかもしれない。そんな読後の感想である。
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