2019年10月10日 第41号

 会社という組織からリリースされた瞬間から社会とのつながりが希薄になりがちだが、市川慶輔さん(福岡県在住・60歳)の場合はどうか。

 定年を迎えた2019年9月最後の日。市川さんの心境は「やっとやりたかったことができる!!自分自身の夢の実現に向けて、この10年間進めてきた準備を生かす時が来た!!」だった。

 

定年後の仕事につながった講座の受講と資格取得

 大手衛生設備機器メーカーで人材開発部門のリーダーをしていた市川さん。ここ数年は、社外でも自分の仕事を育ててきた。そのひとつがキャリアコンサルタントの仕事である。きっかけには東日本大震災が関係している。震災が起きたのは、福島へ出張してグループ会社で講演をする日の3日前だった。当然その予定はキャンセルに。代わって急務となったのが、福島第一原発の20キロ圏内にあったグループ会社社員の配置転換のための面接だった。東京から青森に至るまで社員が避難している避難所を回り、約200人の社員一人ひとりと話をした。その2カ月の中で市川さんは感じた。 「自分は社員の話を聴いているつもりだが、話を聴けていないんじゃないか。もっと聴くことを極めてクライアントと関わりたい」

 その思いからキャリアカウンセラー養成講座を受講、資格を取得した。日本では2001年からキャリアカウンセラーの資格認定が開始され、2016年には国家資格としてのキャリアコンサルタント認定制度が始まり、現在、資格取得を目指す講習会が盛んに開催されている。キャリアコンサルタント(以下CCt)は、企業内では社員の採用や社員の働きがいの向上に関わる専門家のことを指す。市川さんは所属する企業の人事担当部門の中で、すでにCCtの役割を十分果たしていたが、自分のスキルの向上に役立てばと、このCCt養成講座の受講を決めた。

 

キャリアコンサルタントとの二足のわらじの生活をスタート

 養成講座受講後、自然と受講者同士で一緒に飲みに行く流れになった。何事も仲間ができると勢いがつくものだ。彼らと交流するうち「自分たちでも後進を育てよう」と話が発展。翌年にはキャリアコンサルタントの資格取得へ向けて頑張っている人たちの支援を仲間と共に始めることになった。しかしながら、市川さんの勤めるメーカーは就業規則で「副業一切禁止」。そのため有給休暇を使いながら無報酬で講座の運営や他企業の社員に対するキャリアコンサルティングに関わった。こうして一歩踏み出して見えてきたことがある。

 「(出向いた会社の社員の人たちに)『会社、社長、同僚に対して困っていることを話していいよ』ということをまとめると、社員の視点に立った企業の問題点や課題が浮き彫りになってくるのです」

 中途入社者には馴染みにくい企業文化や、子育て中の社員には負担の多いシフトなど、浮かび上がった課題を「企業の経営者に伝え、一つひとつどう解決してくか、解決の道のりを探すコーチングに入っていっています」。

 市川さんは、自身ですでにオンラインで学んでいたコーチングのスキルと、企業人経験が総合的に生かすことができる関わりを続けている。

 

1年に1度の参勤交代に見立てて

 定年までは勤務先への片道1時間40分という長距離通勤に加えて、有給休暇を使ってCCtの役割という二足のわらじ状態。朝は5時起きで、24時就寝。そんな過密な生活だったが、趣味のランニングでは、月に100km走ることを続けてきた。「1年間の合計では2400km。この距離は福岡と東京を1往復する距離。つまり1年に1度、自分の足で毎年参勤交代をしていくと考えてきました」。走り始めたのは43歳。その5年後からはフルマラソンに出場し、現在も続けている。走ることは健康のため以上に、精神的なストレスを大地に流してリフレッシュできることが、続けてこられた大きな理由だという。

 

増え続ける仲間

 「会社内にいたままだったら今の知り合いはいません」

 今や会社組織を離れたところでの人付き合いは、軽く1000人を超えている。中には地元・糸島市から人権教育のために手助けを依頼され、LGBTについての講演や夢を描く研修を実施したことで生まれたつながりもある。そして、その講演に参加した小学校の校長から「自分の小学校の生徒に夢を描く機会を作ってほしい」と頼まれた。こうした連鎖が止まることがない。それは頼りがいのある人柄に加え、積極的に周りの手助けをする姿勢が生み出す自然な流れなのだろう。

 そして「宇宙人クラブ」と称する愉快な交流もある。ビジネスオーナーでセカンドオフィスを持つ知人のもとに皆が集う。「バーカウンターがありましてね。食べたいものを勝手に作って食べ、盃を交わすんですよ」。メンバーもラジオのパーソナリティーから溶接業の人までと多彩だ。 

 「60歳、還暦。その年をどのように捉えるのか、私は人生の折り返しであり人生の後半のスタートだと思っている。これまでにいただいたご縁を大切にして、世の中の人々が『自分らしい人生、幸せなキャリア』が実現できるよう、全力で支援していきたい」。

(取材 平野香利)

 

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