2018年4月19日 第16号

 不眠症、つまり正常な睡眠が得られないこと。軽症の場合、寝付きにくい、あるいは寝入ってもちょっとしたことで目が覚め、その後なかなか眠れない。重症のケースでは、徹夜不眠になる。頭痛、めまい、動悸、健忘などの症状を伴うことも散見される。日本睡眠学会は、不眠症を下記のように定義した。「夜間なかなか入眠できず、寝つくのに普段より2時間以上かかる入眠障害、一旦寝ついても夜中に目が覚めやすく、2回以上目が覚める中間覚醒、朝起きたときにぐっすり眠った感じの得られない熟眠障害、朝普段よりも2時間以上早く目が覚めてしまう早朝覚醒などの訴えのどれかがあること。そしてこの様な不眠の訴えがしばしば見られ(週2回以上)、かつ少なくとも1ヵ月間は持続すること。」

 不眠症の原因には、一般的に環境的な要因(騒音や振動、照明、気温、寝具の状態等)、精神的な要因(情緒障害、ストレス等)、痛みを伴う疾患という肉体的な要因(関節炎、神経痛等)、薬、カフェインやアルコールの影響、年齢などが挙げられる。なかでも、ストレスによる精神的な要因が関わっているケースが多く認められる。なお、不眠を伴う代表的な心の病気は、うつ病(入眠障害・早朝覚醒が多い)、神経症(入眠障害・中途覚醒が多い)も重要視されている。

 不眠症を治すために最初に行うべきアプローチは、不眠が起きている原因を取り除き、眠りにつきやすい環境を整えること。それでも眠れない場合、西洋医学では睡眠薬などを使って眠りを促していく。ただし、睡眠薬を服用することで睡眠時間を長く得られるが、睡眠の質に与える影響は薬によって異なる。最もよく処方されるベンゾジアゼピン系睡眠薬は、浅い睡眠を増やすことで睡眠のメリハリが悪くなり、全体として睡眠の質が低下してしまう恐れがある。睡眠の質を考える時には、抗うつ剤や抗精神病薬を含め、処方を変える必要もある。

 東洋医学的な見解では、不眠症の根源は「心」にあり、心はおよそ現代医学の精神科領域に当てはまる。思い込みすぎ、憂い、哀愁、神経を使いすぎなど、「心」と「脾」(即ち精神系と消化系)の損傷に及び、気と血が虚弱となり、心身ともに弱くなって不眠になりがち。他に、過労による「腎」系への負担で、腎陰が消耗され、陰虚火旺、あるいは消化不良のせいで「痰」と「湿」が体内に溜まり、熱に変わり、その熱がさらに「心」を掻きまわし、不眠症につながる。

 漢方薬は睡眠薬と違って、直接的に睡眠を催すような働きは持てず、むしろ不眠が起こる原因を除去することで、眠れるようにしていくことから、より自然な形で睡眠に導いてくれる。漢方の古典『金匱要略(きんきようりゃく)』には、「疲労虚煩わして眠るを得ず」という症状に、酸棗仁湯(さんそうにんとう)を用いる記載があった。東洋医学の考え方には「気(き)・血(けつ)・水(すい)」というものがある。そこで「血」の巡りが滞って眠れない場合は血の流れをスムーズにする処方を、イライラして眠れない人には「気」を落ち着かせる処方を、不眠が生じている背景を考慮した上で薬が処方される。

 ここで特に言及したいのは、鍼灸治療も実に不眠症の治療に大事な一役を担う。

 まず、不眠症における「ストレス」の関与について、人間はストレスを受けると、脳から指令が出て、視床下部ー下垂体ー副腎皮質系(HPA系、ストレスがかかると、反応する系である)の働きを興奮させ、多種ホルモンが放出される。最終的に副腎皮質からストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され、短期的にはこのホルモンの力で人間がストレスにうまく対処できるようになる。しかし、慢性的に繰り返されたストレスによって長期にわたり、このコルチゾールが過剰に溢れ続け、HPA系の働きが乱れ、免疫力が落ち、病気になりやすい状態に陥る。

 更に大きな問題は、このホルモン自体に覚醒作用があるので、不眠症を誘発することになる。今までに針灸治療にはHPA系の調整に役立つと日本の研究者達が数多く報告をした。簡単にまとめると、ツボに鍼を刺すことにより、神経がその刺激に反応し、脊髄に伝え、更に、脳へと信号を伝達できる。この調節信号がHPA系に作用することにつれて、HPA系で起きた働きの乱れが正され、コルチゾールの過剰な分泌を抑制できて、正常な睡眠リズムを再び取り戻せる。

 これが鍼刺激のボトムアップ効果とも呼ばれている。また、HPA系は自律神経とも関係し、HPA系の異常状態は、自律神経の乱れも引き起こし、自律神経の交感神経が入り込む筋肉に凝り、緊張が生じる。鍼治療では、筋肉の凝りや緊張をほぐすことにより、自律神経の安定が図れ、そこから、このHPA系の乱れを改善することもできる。即ち、鍼灸治療は、二方面から不眠症の改善につながる。

 遠いようで身近な漢方と鍼灸治療は、副作用の少ない方法で悩ましい不眠症を解消できる、西洋医学に匹敵するもう一つの選択肢ではないかと思われる。

 


医学博士 杜 一原(もりいちげん)
日本皮膚科・漢方科医師
BC州東洋医学専門医
BC Registered Dr. TCM. 
日本医科大学付属病院皮膚科医師
東京大学医学部漢方薬理学研究
東京ソフィアクリニック皮膚科医院院長、同漢方研究所所長
現在バンクーバーにて診療中。
連絡電話:778-636-3588 

 

 

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