2018年5月17日 第20号

 腰痛は国民病とも言われ、中高年世代を始め、働き盛りや若い人まで、4人に1人が苦い経験をするとされている。一般的に「ぎっくり腰」と呼ばれる急性腰痛症と、痛みは軽いものの、増悪と軽快を繰り返す「慢性腰痛症」に分けられる。急性腰痛症は不意の動作、特に捻り動作で急に起きることが多い。慢性腰痛症は日常不良姿勢に加え、腰の筋肉における疲労などが誘因と考えられる。腰椎周囲の筋力が弱くなると、適切な姿勢が保持し辛く、一層腰椎周辺の筋肉に過剰負担を掛けることで腰痛が慢性化しやすい。最近では、検査と診断に基づいて原因が明確に分かり、専門医による治療を必要とする腰痛を「特異的腰痛」と呼ぶ。例えば、損傷事由を特定できる坐骨神経痛を伴う腰椎椎間板ヘルニアや、腰部脊柱管狭窄症、感染性脊椎炎、脊椎腫瘍(夜間痛・安静時疼痛が特徴)などがこれに当たる。なお、原因を解明できない腰痛、即ち、検査や診断をしても、はっきりした原因を突き止め難い腰痛を「非特異的腰痛」と呼び、一部ストレスの影響があるとも言われる。腰痛全体のうち、非特異的腰痛は大体8〜9割を占め、つまり、腰痛の大部分は非特異的腰痛というわけである。

 腰痛症を患ったら、まず家庭医の診察を受け、問診と診察所見を中心にX線検査などの画像診断も受けて、特定すべき疾患がないかを確認し、内臓疾患を含むほかの重大な病気(ヘルニア、圧迫骨折、癌、感染症など)を見逃さないようにするのは第一歩である。一般的に、原因が特定できない非特異腰痛症の場合、発症時の症状が強烈なわりに予後が良好であり、1週間で約半数が、2週間から1カ月で約9割が回復していくのが特徴である。西洋医学的に、非特異急性腰痛症の対処に関しては、安静や投薬により通常数日で軽快すると判断される。二足歩行の人間にとって代表的な症状にも関わらず、多くの病院やクリニックでは痛み止めの処方や湿布の処置だけに止まっているのが現状である。慢性的な腰痛に対して、西洋医療体系でも主に日常生活動作の改善、腰痛体操などの物理療法が行われ、胃腸に負担のかかる非ステロイド性消炎鎮痛薬や筋弛緩薬の使用がルーティンとなる。しかし、場合によって、再発防止のための腰痛体操をやればやるほど痛みが酷くなるケースも少なくない。

 なかなか治らない非特異性慢性腰痛症の治療には鍼灸という選択肢もある。鍼灸治療は、アメリカ内科学会の腰痛治療に関するガイドラインでも推奨されているほど効果が期待できる。鍼灸が推奨される理由としては、薬を使わずに病気を治すという独特な医療手法の他に、身体のバランスを整え、症状からの回復機能を自身の力で高めていくことが国際的にも注目を集める。ちなみに、鍼を刺すことで、身体は異物が体内に侵入してきたと捉え、その異物を排除しようと刺された部分に一気に血液が集中し、血流循環が高まる。血液には新鮮な酸素やビタミンなどの栄養分が豊富に含まれており、それらが筋肉に行き渡ることによって治癒へと導いてくれる。つまり、疲労した筋肉に「傷」をつけると生体に自然治癒力のシステムが起動され、傷を治そうと勤勉に働く。また、意図的に特定のツボに鍼で刺激を与えることで疼痛を抑制するホルモン(エンドルフィンなど)が脳内に分泌され、脳に痛みを伝える神経の働きをブロックするため、痛みが伝わりにくくなる。更に、リラックスできるセロトニンや幸せを感じられるオキシトシンなどのホルモンの働きも促され、緊張状態にある筋肉が緩み、痛みの症状は快方に向かう。

 東洋医学的に、腰痛症は大まかに「寒湿腰痛」、「瘀血(おけつ)腰痛」、「腎虚腰痛」に分類される。鍼灸治療の際、「寒湿」には経絡を温め、寒気と湿を排出こと、「瘀血」には血行を良くさせ、瘀血の滞りを解除すること、「腎虚」には腎系のエネルギーを補い、免疫を高めること、と古典理論に基づいて鍼の配置を勘案する。

 ここで腰痛治療の際によく用いられる「委中」という特効ツボを簡単に紹介する。位置は膝を曲げてできる膝の裏側の横じわの中央になる。委中は腰背足太陽経両分枝が膝の裏側に合流した経絡のエネルギーが豊富に溜まる部位であり、古くから「腰背に委中を求む」という言い伝えがある。このツボを刺激することによって腰背部経絡の気血を調整できる。したがって、腰痛を患った時に、普段この委中ツボをうまくマッサージするだけで、症状の緩和につながる。

 漢方治療も寒湿、瘀血、腎虚の三病態を解消する方策を探り、補腎剤(腎機能の回復を目的に使用するもの)や駆瘀血剤(血液循環をよくするもの)、温補剤(身体を温めるもの)を使用する。特に証の診断を基にした漢方薬の調剤が大事である。

 最後に、日常生活の注意事項として、重いものを持ち上げる場合、腰背部の筋肉の負担を最小限に抑えるために、なるべく体に引き付けて持ち上げ、お腹から対象までの距離を短くすることが望ましい。椅子に座る時、腰椎の前弯を減少させるために、膝の高さが臀部の高さより少し高く設定するのが好ましい。立ち仕事の際、腰椎の前弯防止と筋肉の疲労を軽減させるために、足台を使うなど、骨盤を水平に保つことで腰椎の前弯を減少させ、腰部筋肉の疲労を緩和することができる。気を付けなければならないのは、同じ姿勢を長時間取り続けないようにすること。

 


医学博士 杜 一原(もりいちげん)
日本皮膚科・漢方科医師
BC州東洋医学専門医
BC Registered Dr. TCM. 
日本医科大学付属病院皮膚科医師
東京大学医学部漢方薬理学研究
東京ソフィアクリニック皮膚科医院院長、同漢方研究所所長
現在バンクーバーにて診療中。
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