2016年10月27日 第44号

 このエッセイの読者、夏好さんが亡くなったことを知った。

 思えば、初めてのコンタクトは夏好さんからのメールだった。

 「件名:お部屋希望します、差出人:Natsumi Kogawa、5月末で現在のホームステイが終わる予定。6月からの住居を探しており、もし空いてましたら見学希望。ご連絡下さい。よろしくお願い致します」と書いてあった。そして、次のメールで5月24日に下宿場所として我が家を下見することになった。

 子供たちが独立し、一人、歳を取ると下宿屋商売はとても良い。 しかし、子供たちは「ママ、トータルストレンジャーと一つ屋根の下によく住めるわねぇ」という。4480スクエアフィート、8寝室と5浴室、 使わないサウナとジャグジー、プレイルーム、 それにかわいいハチドリが遊びに来る温室もある。老女一人で住むには大きすぎるが、 建築屋だった亡夫が建ててくれた思い出いっぱいの古家だ。それに私は卒中の経験があり、何回救急車で病院に運ばれたことだろう。 家に誰かいれば、救急車も呼んでもらえる。そして、 今までいろいろな国籍、年齢、 性別の異なる人たちと一つ屋根の下に生活し、その体験が今の『幸せな私』を育てあげてくれたと思っている。

 とにかく、広告を見た下宿希望の夏好さんが下見に来たのは5月末だ 。そして、老婆は優しい夏好さんとすっかり仲良しになった。我家の食事会にも来てくれ、8月末までメール交換は続き、 読み返す今も楽しく、夏好さんがすぐそこにいる気がする。しかしその頃、彼女の名前【なつみ】を【夏好】、姓【こがわ】を【古川】と書き読むことは知らなかった。だから、 行方不明のニュースを見たとき「よく似た人だなぁ」と思ったが、 【ふるかわ・なつき】と読み、その本人とは気付かなかった。 気付かされたのは我家の『寿司パーティー』で、寿司を握ってくれた職人家族から、メールで問い合わせがあったからだ。時はすでに10月8日になっていた。老婆はすし職人の奥さんから、「澄子さんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか? バンクーバーで9月上旬に行方不明になったとニュースで報道された女性は、7月7日に澄子さんのお宅でお目にかかった、 なつみさんなのではないかと、うちで心配しています。他人のそら似ということもあると思いますが、ニュースで見る限り、とても彼女に似ている気がします。何かご存じでしょうか? お元気で」というメールを受け取った。  

 そこで初めて【なつみ】さんを【夏好】と書き、【古川】は【こがわ】と読むと分かった。でも時はすでに10月の9日。

 「澄子さん、メールありがとうございました。やはり、 そうでしたか…。ニュースを見れば見るほど、 澄子さんのお宅で会ったなつみさんなのではないかという考えが強くなったのですが、できれば別人であってほしいと願っていました。(もちろん別人であればいいわけではないのですが)私たちは彼女に一度会っただけなのですが、本当に感じがよくて、 優しい人柄が印象的でした。私たち3人は、彼女には何の非もないと思っています。お人柄をバンクーバー新報で書いて下さるとのこと、心強く思います。応援していますので、よろしくお願いします。お身体大切に」  初めてなつみさんに会った時、 彼女は石油関係会社に勤務歴があると話してくれた。この春ブッククラブで読んだ石油会社の本の話をすると「それって百田尚樹の『海賊と呼ばれた男』でしょう」と彼女が聞いた。無論、正解だ。

 そして、話ついでに老婆はバンクーバー新報に『老婆のひとりごと』 というエッセイを書いている、と話す。

 「5月25日(水)16時51分:澄子様、早速、明日、バンクーバー新報を購入してみますね。エッセイを読むのが楽しみです。なつみ」と返信がある。その後、あちこち歩き探し回って、 やっとロブソン通りのコンビニ屋で見つけたと言っていた。その後6月半ばのメールの中で、夏好さんは私のエッセイのファンになったと言ってくれた。  

 結局、夏好さんは私の家には下宿しなかったが、 一人暮らしの老婆と友達になってくれた。話題は本の話が多かった。一緒にいると我が娘のようだったし、遊びにもきてくれた。

 老婆は今しみじみと、肉体の死と存在の死を考える。『存在』が語りつがれる間は、その人は死なないとつぶやく。 

 そして、『その人の存在』は笑顔や優しい言葉、『与えたもの』 に残ると言ってみる。 

 ねぇ、夏好さん、貴方の身体はもう無いけれど、 思い出は老婆の心にしっかり残っている。人間の死は死んだところで終わっていないよ。ずっと、誰かの心に生きていく。夏好さん、この老婆は貴方の優しい笑顔と言葉を忘れませんよ。思い出、ありがとう。

許 澄子

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。