2019年4月11日 第15号

 前回は20年以上も前の私たちのプロポーズの話で、当時の私は今時流行りの肉食女子をかなり先取りしていたというお話でしたが、ちなみに私たち夫婦は今年3月で結婚20周年目。いまだにめちゃくちゃラブラブです。

 さて今回は、私の結婚話の続き!前回も話しましたが、観光ビザが切れて、帰国しなくてはいけなかった私は、両親にダダさんとの結婚の話をするのに、指輪なしなのはちょっと、ということで、さっそく指輪をオークリッジモールに買いにいった。でもその頃のダダさんは超貧乏だったので、当然婚約指輪はなし。小さなダイヤモンドのついた安いリングをビザカードで買った、というか買わせた…。でも私にとってこの指輪は大切な愛の証。そしてビザも切れ、私は帰国…。確かあれは1998年の冬のことだったと思う。その後2〜3カ月ほどダダさんはエビの行商を、雪の深いエドモントンとかバンフまで行って現金を速攻で大量に稼いで、その後すぐに私を追いかけて日本に来てくれた。実は母と姉は、以前カナダに遊びに来たことが1度あって、既にダダさんには会っていた。でもその時の母のダダさんの第一印象は、とてもひどくって 「お母さんは、太っていて、身なりもきちんとしてないあの人嫌い」…だって。

 この話をもっと進める前に、以前、日本人の彼(5年も付き合ってた)と別れた時に、父に反対されたエピソードをちょっと話しておく。父は「なぜあんなに優しくて礼儀正しい好青年な彼と別れるなんて、許さない」と言った。私は、「彼では私を絶対に幸せにできないから、勘弁してほしい」と。でも全然許してくれない父、私はとうとう土下座して、「お願いだから、彼と結婚しろとはもう言わないでほしい。自分の人生は自分で選んで生きていく」と。父はそれでも納得がいかない様子。「じゃあそんなに私のことをコントロールしたいなら、お父さんが私と結婚すればいいじゃん!」と捨て台詞を吐いた。すると、さすがの父ももう何も言わなくなった。後日父は、「涼子が死ぬくらいの勢いで言ってきたから、あきらめるしかなかった」と言っていた。自分が親になってみてこの時のことを思い出すと、客観的に自分がかわいそうだと思う。私の結婚に対する親からのプレッシャーは、かなり激しかった。「結婚するって言ったのに、嘘つき、浮気女」みたいなことも言われた。でも、やっぱり自分の考えをあの時通していて本当に良かった。だって、自分の人生はやっぱり誰のためでもなく自分のものだから。そういうことで、ダダさんのことを父にはずっと言えずにいた私。でもダダさんは私の両親に会いに日本に来てくれたから、正々堂々と婚約者ということで、ダダさんを父に紹介した。ダダさんは日本語を来日前から勉強していたから、一生懸命頑張ってコミュニケーションを取ろうとしてくれた。でも母には、そんな彼は礼儀知らず、常識なしの図々しい人物に見えたようで、相変わらずダダさんのことが大嫌いだった。国際結婚のむずかしいところ。でもびっくりしたことに、あれほど最初は私のカナダ行きに反対し、日本人の彼との結婚を無理強いした父が、実際にダダさんに会うと、すぐに彼のことを気に入って、私たちの結婚を喜んでくれた。私は正直びっくりした。

 何年もたってから聞いた話だと、実はダダさんの家族でも、日本人の私と結婚することに反対意見があったらしいし、私の九州の親戚の中にも、外国人と結婚した私を認めない人もいたらしい…。そんなことはつゆ知らず、幸せの絶頂にいた私たちは、早速結婚式を日本ですることにした。皆さんご存知と思いますが、中部地区の結婚式は豪華というのは本当。だからうちの両親は、私のために結構な額の結婚資金を貯めておいてくれた。でも、私たちの結婚式には問題があった、ダダさんの両親は日本には来れないということ。結局、私の友人だけ20名ほど招待する小さい結婚式をすることにした。そして、結婚資金は私たちの家をカナダで買うための資金に充てることに。披露宴は、カラオケパーティーをみんなでワイワイするだけの簡単なもの、友達に祝福されて私たちはとても幸せだった。たくさんの人の前でちやほやされるのは私は好きではないし、たった一日のために何百万円もお金を使って、見栄を張るだけの結婚式をすることが、私には全く無意味に思えたから。とは言っても、私はウエディングドレスを着てチャペルで結婚する夢があったんだけど、あまりにも今まで私は両親に迷惑をかけ続けていたから、両親が喜ぶように日本式の神前結婚をすることにした。ダダさんは初めての羽織袴。どうなることやらと思っていた私たちに、着付けのおばちゃんが 「お婿さんは恰幅がいいから着物がものすごく似合う」と言ってくれた。でも、本当に着物がよく似合うダダさん、めちゃくちゃ男前だった。そして私たちは、1999年3月28日に愛知県で結婚した。

 ただ、この私にとって最高の結婚式の最中に、私が全精神を集中して笑わないように何とか頑張った、珍ストーリーがあったことも話さなくてはいけない!これは、まさにダウンタウンの笑ってはいけない何とか…っていう番組そのものだった。私以外の誰も気にしてないみたいで、みんな超真面目な顔で私たちの神聖な式を見守る。私はというと、ここは絶対に笑ってはいけないと思うと余計に笑いたくなるという苦しい状況。式場のコーディネーターさんが気を使ってくれて、私たちの結婚の誓いの言葉を日本語でダダさんが読むという粋な提案をしてくれたことをちょっと恨んだ。ダダさんもすごく頑張って、一世一代の舞台だから、失敗できないから、練習をいっぱいしてくれたんだけど、超まじめな神前結婚の最中の結婚の誓いをダダさんが、めちゃくちゃドぎつい英語なまりで読んでくれるもんだから…私は感動で涙が出るどころか笑いをこらえるのにとにかく必死で、それで涙が出たくらいだった。みんなもこんな経験ってある? でもこれも今となっては本当にいい思い出だ。

 


作者プロフィール ドナルド涼子

BCRPA Supervisor of Group fitness & Yoga ,Personal trainer, Older Adult, 200H Yoga Teacher

47歳、愛知県出身、1999年に結婚を機にカナダに移住、34歳の時にフィットネスインストラクターの道に進むとすぐ、女性に人気のカリスマインストラクターへ成長する。2016年ベストインストラクター賞を受賞。43歳の時に、アマチュアボディービルのビキニコンペティションを趣味として始め、地区、州大会にて優勝、上位入賞経験あり、現在次の全国大会に向けてトレーニング中。また、フィットネスプロフェッショナルへの講習活動、地域の学校でのヨガ、フィットネス指導、老略男女問わず、心と体の健康と幸せの為の活動を行っています。また、近年マスメディアにも出演、読売テレビ、グッと地球便、Nikkei TV Chipapa など。こんな肩書を持つ私ですが、若かった頃は、性格ブス、デブ、ネガティブ、ずっと自分の事が大嫌いだった。そんな私には、運命を変えてくれる主人との出会いがカナダで待っていた。出会った瞬間にビビット来て、この人と結婚するってわかった私は、出会って1週間後に彼の実家に転がり込んだ?!そして、結婚、異国の地で2児の母になる。気が付けば20年、今の私は心から幸せ、自分大好き。私がどうやって幸せをつかんだのか、私の経験をお話ししながら皆さんに伝えたいと思います。私の目的はただ一つ、あなたにも“幸せ“になってもらう事。 パーソナル、グループトレーニングやヨガのご質問は、This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it. 604-889-4729 まで、または Instagram : befitfirmfab 、 facebook : Ryoko Donald

 

 

 

 

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