2017年12月21日 第51号
2000年以上も前、ギリシャの哲学者デモクリトスは『万物は原子でできている』と言って世のひんしゅくをかった。『万物』なのだから神の存在する天空も原子であり、神が作った人体も原子なのだ、という主張だったからだ。 私も子供のときから鉄腕アトムを愛読して原子アトムの存在を疑わなかった。いまではミクロのミクロ、この原子すら電子顕微鏡で観察できるのだから原子の存在を疑う人はいない。
もちろん原子はさらにその先の『次の原子』でできている。つまり原子は原子核と電子である。その原子核は中性子と陽子で出来ている。これらの素粒子は強い引力で結合している。それを発見したのがわが湯川秀樹先生であった。
湯川先生は陽子や中性子がごく近くに接近するととてつもない強い引力(核力)で引き合うことに着目、この核力の原因は中間子であると予言した。1935年のことだった。まさに太平洋戦争に突入する直前だった。この素粒子を1947年になってイギリスのパウエルが宇宙線の中に発見した。これによって1949年にノーベル物理学賞を授与された。日本人初のノーベル賞だった。
これで万物を構成しているのはすべて分かった、と信じられた。肝心の湯川先生もそう信じておられた。しかし、それを信じない少数の物理学者がいた。中性子も陽子も中間子も、さらに何かからできているのではないか。この急先鋒は名古屋大学の坂田昌一教授だった。この態度はこの人の哲学的信念と関係があった。つまり徹底した唯物論であった。そしてその哲学は正しかった。中性子も陽子も中間子もクオーク3個でできていることが分かってきた。それが図に示すアップ、ダウン、ストレンジ、u、d、sのそれである。
名古屋大学の坂田門下には優秀な弟子、小林、益川両氏がいた。彼らはさらに突っ込んで、それ以上のクオークの存在を予言した。1973年、彼らはその後『小林益川の理論』と呼ばれるようになった理論を発表、ここで図に示すクオーク、チャーム、ボトム、トップと呼ばれるようになった3種類のクオークの存在を予言した。それらは1995年までに実験で発見された。
日本ではこれで4個の素粒子が発見されたことになるが、この欄ですでに書いたとおり、もう一つ、小柴昌俊先生は1987年、神岡鉱山に作ったカミオカンデ施設で宇宙からのニュートリノを発見した。これで合計5個の素粒子が日本で発見されたのだ。もう一度図を見ていただこう。この世のすべての物質は図に示す合計17個の素粒子で出来ている(もちろん将来もっと発見されるであろう)。この17個のうち、5個が日本で発見されたものだ。まさに日本の物理科学はモノの存在の根本に迫っている。
大槻義彦氏プロフィール:
早稲田大学名誉教授
理学博士(東大)
東大大学院数物研究科卒、東京大学助教、講師を経て、早稲田大学理工学部教授。
この間、ミュンヒェン大学客員教授、名古屋大学客員教授、日本物理学会理事、日本学術会議委員などを歴任。
専門の学術論文162編、著書、訳書、編書146冊。物理科学月刊誌『パリティ』(丸善)編集長。
『たけしのTVタックル』などテレビ、ラジオ、講演多数。