2017年9月21日 第38号

 富士山の宝永大噴火(1707年)からおよそ310年が経過した。そろそろでは、と不安になる人が出て来てもおかしくない。なにしろ宝永大噴火では関東地方全域に火山灰が降り注ぎ、農作物や健康に甚大な被害を与えたのだった。

 このような市民の一部が心配する気配に便乗して、オカルト的な『富士山の大噴火予知』とかいう本が出版されだして人々の不安を煽っている。地震噴火予知の専門家はこれに対して意見を求められれば「ノーコメント」と答えるか、「学術研究結果ではその差し迫った兆候はありません」と答える。

 地震予知はともかく、火山噴火予知の可能性は、実際には思わぬところから実現されつつある。それがここで取り上げる『宇宙線による火山噴火予知』である。

 宇宙から降り注ぐ放射線、イオンなどがすべて宇宙線と呼ばれる。この宇宙線は大気の原子に当たると湯川中間子(パイ中間子)を放出するがそれはすぐにミューオン(ミュー粒子)と変わって地上にやってくる。その頻度は結構大きく『1平方センチあたり、1分間に一個』ぐらいの割合である。

 このミューオンは透過性が大きく、図のように斜め上から降り注ぐミューオンは大きな火山をも透過する。このミューオンを独特の『原子核乾板』で撮影すると、胸のレントゲン検診のような火山の内部の構造が浮き彫りになるのだ。

 この原理を考案して数十年前から研究してきたのが永嶺謙忠(ながみね・よしみつ)名誉教授だった。彼は東大で、高エネルギー加速器研究機構、理化学研究所などに在籍して噴火予知へのミューオンの応用を研究、そして多くの弟子を育てた。

 当初は宇宙線や素粒子の研究としては地球物理が属する火山噴火は異質のものだったから物理の研究者としては孤立しがちだったが、研究場所を転々とするうちにあちこで若い研究者が育った。今では東北から九州まで、方々の大学でミューオン噴火予知の人材が整ってきた。

 その一つが東大、高エネルギー加速器研究機構、名古屋大学の研究グループで主に浅間山での測定を行っている。一方、岩手山の観測グループは岩手県立大、岩手大などのグループである。永嶺名誉教授は現在岩手山グループを支援していると聞く。

 特筆されるのは今やこの研究は物理関連研究者から地震の研究者まで広がってきたことである。とくに東大地震研究所が本腰を入れて動き出した。近く、『宇宙線による噴火注意報』というものが出てくるであろう。その注意報が出たら、私はバンクーバーに逃げてくる。その時が来たら、みなさまどうぞよろしく。

(本稿の一部は『バンクーバーサイエンスカフェ』ですでにお話した)。

 


大槻義彦氏プロフィール:
早稲田大学名誉教授
理学博士(東大)
東大大学院数物研究科卒、東京大学助教、講師を経て、早稲田大学理工学部教授。
この間、ミュンヒェン大学客員教授、名古屋大学客員教授、日本物理学会理事、日本学術会議委員などを歴任。
専門の学術論文162編、著書、訳書、編書146冊。物理科学月刊誌『パリティ』(丸善)編集長。
『たけしのTVタックル』などテレビ、ラジオ、講演多数。 

 

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