去年に続いて2回目・能のワークショップ

在バンクーバー日本国総領事館が主催する「能Meetsカナダ」、今年は5月9日にビクトリア、11日にバンクーバー日本語学校並びに日系人会館で開催された。会場には一般の参加者に加えてバンクーバー日本語学校の中・高等科の生徒や、ファンダメンタルクラス、大人のクラスからも参加し合わせて約150人が訪れた。
日本から金春流の能楽師山井綱雄さん他4人の能楽師の方々が能の歴史や衣装の説明や実演をおこなった。昨年同様、まい子・ベアさんが司会と通訳を務めた。冒頭で在バンクーバー日本国総領事岡田誠司氏が挨拶に立ち「金春流は1400年の歴史を持つと聞いています。カナダにおける日系人の教育の原点ともいえるバンクーバー日本語学校で、古い伝統を持つ能という芸能を体験できることは大きな意味を持つと思います」と述べた。

 

最初に、楽器演奏や舞のない素謡(すうたい)で「翁(おきな)」を披露。これは非常に古い演目で、能楽師にとっても歌詞の意味が分からない部分があるという。能の始まりは神への奉納の舞だったが、武士が台頭する時代に入り芸能という形に成立していった。「金春流は長い歴史の中で日本人の心を伝え続けてきました。みなさんにもぜひ日本人の心を感じていただきたいです」と山井さんは挨拶で述べた。

 

その後、5人の能楽師による仕舞が披露された。「高砂」を村岡聖美さん、「八島」を本田布由樹さん、「羽衣」を山井綱雄さん、「蝉丸」を金春憲和さん、「舟弁慶」を辻井八郎さんが演じた。無駄のない動き、間の取り方、独特の節回しなど、西洋のミュージカルなどは違った、シンプルでありながら迫力のある能の舞に参加者が見入っていた。
村岡さんが謡について説明した時には、参加者も一緒に「高砂」の一節を謡ってみることに。唸るような節回しは金春流の特徴の一つとのことで、参加者は少し苦心しながらも声を合わせ、村岡さんは「みなさん声がよく出ていて素晴らしいです」と絶賛した。そして、能の衣装を着付けるデモンストレーションがおこなわれた。着物や能面について、装束の色や襟元の開き方でその人物の年齢や位の高さなどを表すなど、みな興味深げに説明を聞いている様子だった。最後に衣装を着けた山井さんが優雅に「熊野(ゆや)」を舞った。参加者の感想として「言葉は分からなくても心に迫るものがあって感動した」、「女性の能楽師が出てきていることはいいことだと思った」、「声の迫力に驚かされた」などといった声が聞かれた。

 

日本の伝統的な楽器と能のコラボレーション

VICOが主催する、カナダ日本伝統音楽フェスティバル「菊と楓」のプログラムの一つとして、5月12日に日系センターで「能・笙Meetsカナダ」と題するコンサートが催された。成谷百合子さん(筝)、松元香壽恵さん(筝)、山本実さん(尺八)というバンクーバー在住の音楽家が、国際的に活躍する笙の奏者の佐藤尚美さんと、能楽師として名高い山井綱雄さんと共に、日本でも滅多に見ることの出来ないコラボレーションを実現させた。会場には在バンクーバー日本国総領事岡田誠司ご夫妻が訪れたほか、約120人が来場した。

 

成谷さんと松元さんによる筝の合奏「つち人形」から始まり、金春憲和さんがシテをつとめる素謡の「翁」、そして佐藤さんの笙のソロで雅楽の古典曲「双調の調子」が演奏された。この曲を聞いた時、森林に風が吹き渡る風景が思い浮かんだ。バグパイプにも似ていると思い佐藤さんに聞いてみたところ「バグパイプやパイプオルガンとは仲間みたいな感じなんですよ」という答えが返ってきた。笙という楽器は日本人でもあまり耳にする機会のないものだけに、この共鳴する感じの美しい音色を身近に聞くことが出来たのは貴重な体験となった。そして辻井八郎さんがシテをつとめる仕舞「舟弁慶」で前半を終了した。
コンサート後半は、筝、三絃(三味線)、尺八による合奏「六段の調べ」から。お正月などによく流れる日本人にはよく知られた曲なので懐かしい気持ちになる。続いて、現代音楽の楽曲「光に満ちた息のように」は佐藤さんが笙のソロで演奏。「さくらバリエーション」では笙、筝、尺八が合奏した。「さくら、さくら」で始まるこの曲も日本人にはなじみの深い曲だ。その後、山本さんによる尺八のソロで「岩清水」が演奏された。柔らかな笛のような音でさわやかなイメージを思い起こさせた。最後は笙、筝、尺八と、ハンター石川永遠さんによる打楽器の合奏に合わせて、天女の装束をまとった山井さんが舞う「酒胡子(しゅこうし)」。こうしたコラボレーションはあまり例がないそうだが、そういうことをまったく感じさせない調和の取れた美しい演目に、観客もひきこまれ満場の拍手で幕を閉じた。

 

取材 大島多紀子
撮影 斉藤光一

 

山井綱雄さんと佐藤尚美さんへのインタビュー

今回のコラボレーション実現への経緯は?

佐藤さん「私はVICOが笙をフィーチャーしたコンサートを企画し参加させて頂いたのですが、ちょうど同じ時期に能楽師の方々がバンクーバーにいらっしゃるということで、一緒にコンサートを開催しましょうということになりました。音楽は私が雅楽の曲から選びました」
山井さん「日本の伝統芸能は横のつながりがあまりないんです。例えば、能楽師だからといって歌舞伎役者の知り合いがたくさんいるというわけではない。でも日本の伝統や心を伝えるという目指すところはみな同じなんです。このコラボレーションを通してそういったものを感じ取ってもらえたら、と思います」。

リハーサルはスムーズでしたか?本番はどんな感じに?

佐藤さん「普段、笙と今回使われるような筝や尺八との合奏はあまりないのでコンサート前日にリハーサルを初めてしたとき、どうなるかと少し心配しました。でもみなさん耳が良いので何回か繰り返すうちにまとまってきました。山井さんが舞を始めた時、ミュージシャンの方々もぴしっと引き締まってくるのが分かりました」。
山井さん「本番ではリハーサルの時とは違ったうねりや間の取り方などになることもよくあることで、その場を共有する人たちとの雰囲気や流れをつかんで合わせていくんです」。
佐藤さん「日本の伝統芸能についてよくいわれる「間」という感覚ですよね。自然にお互いに合わせていくという」
山井さん「即興的であるともいえますね。その場で生まれるうねりに合わせて自分もどんどん高いところを目指す、というような感じです」。

バンクーバーの印象は?

佐藤さん「カナダは初めて来たのですがとてもいいところですね。いろいろな人種の方がいてそれぞれをリスペクトしているという感じがアメリカとは違うなあと思いました。緑も多く美しいところですね」
山井さん「カナダは去年に続いて2回目です。私は横浜市に住んでいるんですがバンクーバーとは姉妹都市であるというだけに両市は似ていて、外国に来ているという感覚があまりしないですね」

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。