近年、国際結婚の増加に伴い、『国際離婚』も増えている。そして、子どもを持つ夫婦の『国際離婚』で気になるのが、子どもの扱いだ。離婚の際、子どもと一緒に実家に戻ることが多い日本。特に日本人女性にとって異国であるカナダで、一人で子育てするより、家族のサポートを受けることができる日本に帰りたいなどとして、相手の同意を得ずにさまざまな理由から子どもを連れて帰国する日本人女性がいる。しかし、日本人の母親のこのような行為は、カナダでは違法だ。
セミナーでは、ハーグ条約が締結されることで、今後、どのような影響が及ぶのかなどについて、在バンクーバー総領事館領事相談員の荻島光男さんが説明した。

カナダでは『拉致』に相当する、子どもの連れ去り

まず、2007年に発行されたFQ Japan誌 によると、5歳未満の子どものいる夫婦における、夫の役割負担についてだが、カナダの夫は一日、育児1.5時間、家事2.4時間、対して日本では夫の負担は育児と家事の両方を合わせても1時間以下だ。男性が取得可能な育児休暇についても、取得率を見ると、カナダの男性の30%が取得するのに対して、日本ではたったの2%だ。共稼ぎ率については、カナダでは7割を超えているが、日本ではまだ4割程度だ。このように、カナダは日本とは社会制度や、共同親権等それを支える家族関係の法律が異なる国であることを念頭におく必要がある。
また、子どもの連れ去りは、英語でabductionという言葉が使用されている。拉致に相当する言葉だ。すなわちカナダでは、自分の子どもであっても、もう一方の親の同意なしに子どもを日本に連れ帰ることを重くうけとめている。
ハーグ条約が生まれた経緯だが、国際結婚、ひいては国際離婚が増えるにしたがい、国境を越えて子どもを連れ出すことについて、何らかの国際ルールが必要になったことによる。2013年3月現在で締結国は、アジアではお隣の韓国やシンガポールをはじめ、世界89カ国。G8諸国で締結していないのは日本のみだ。

最重要とされるのは子どもの利益

ハーグ条約では子どもの利益が最重要とされる。また子どもの利益は親の利益とは異なると考えられる。子どもは二人の親が育てるべきで、夫婦の間でどのような葛藤があろうとも、それは夫婦の問題であり、子供には責任はない。夫婦間の葛藤による影響はできる限り子どもに及ぼすべきでないというものだ。
また、『親』と『子ども』を別の人格とみて、子どもには子どもの権利があるという前提に立ち子どもの利益を第一に考えている。
さらに、ハーグ条約には親権の規定はなく、子どもの監護権(親権)をどちらの親が持つか、子どもがどちらの親と暮らすのか決めるものではない。これらについての裁判や審議、合意を行うために、それに最も適した国と考えられる、もともと子どもが慣れ親しんで居住していた国に戻すためのものだ。
ただし、
・連れ去って1年以上経過してから返還手続が開始され、かつ、子どもが新しい環境に馴染んでいる
・子ども自身が返還を拒否しており、かつ、その子が意見を考慮するのに十分な年齢・成熟度に達している
・子どもを連れ去られた者が子どもの連れ去りについて事前の同意又は事後の黙認をしていた
・子どもの返還により、子どもが心身に害悪を受け、または他の耐え難い状況に置かれることとなる重大な危険がある(例えば、子どもへの虐待やDV(家庭内暴力)等)
といった場合は、連れ去られた子どもを返還しなくてもよいと裁判所が判断する場合がある。
ここで留意したいのは、カナダでのDVの定義だ。夫婦間の場合、殴る、蹴るなどの身体的暴力だけでなく、金銭、クレジットカードを持たせてくれない、インターネット、携帯を持たせてくれない、といった経済的暴力、さらに言葉による暴力も含まれる。

総領事館では支援団体などの紹介も

ハーグ条約締結に関しての大使館や総領事館の役割は、
・現地情報の調査・把握と、今回のセミナーのような広報・啓発
・日本人からの相談への対応
・相談内容の記録
・ハーグ条約に基づく子どもの返還後のフォローアップ、などだ。
相談への対応として、家族法専門の弁護士や福祉専門家、シェルター、通訳などの紹介、支援団体を活用した支援、緊急時の警察への連絡などが挙げられる。言葉に不安のある人については、日本人スタッフのいる福祉団体もある。総領事館では今後問題化しそうな重要な相談案件に関して記録を残している。これらの記録は、将来、裁判があり、証拠として活用したいという場合などには、相談者本人又は裁判所へ提出することも可能だ。

締結でどう変わる?

締結することで、
・子どもの不法な連れ去りが発生した際の返還のためのルールが明確になる。
・条約にしたがって、解決が図られるようになる。
・さらなる子どもの連れ去りの未然防止。
・国境を越えて所在する親子が接触する機会の確保、などが期待できる。
例えば、日本から夫が子どもをカナダに連れ去った場合など、カナダは個人情報管理が厳しい国であることから、どこに聞いても教えてもらえない。しかし、日本でハーグ条約が締結されると、条約に基づいた子どもの返還手続き(①カナダ中央当局(条約上締約国に設置を義務づけられた政府の窓口)による子どもの所在特定・問題の友好的解決の促進・子の安全な返還、②カナダ司法当局による子どもの返還可否の判断)ができるようになる。
日本からの連れ去りと日本への連れ去りの件数については、平成22年5月から11月にHPを通じて行われた、外務省によるアンケート調査によると、それぞれ18件、19件と、均衡している。
カナダで生まれる子どもはカナダ人となる権利を有する。しかし、権利には義務も付随することを留意して欲しい。子どもの親権は両親いずれかの単独親権となる日本と異なり、カナダは共同親権で、夫婦双方が親権を持つ。
3月からBC州で新しい家族法が施行された。新家族法では、これまで使用していたcustody(監護権)もしくはaccess(面会権)ではなく、guardianship, parental responsibilities, parenting time, parenting arrangementsと言う言葉を使うようになっている。また、事実婚のカップルも2年以上同居を続けていると、一般的な「結婚」と同じ扱いになり、財産や負債も共有することとなった。又コモンローの子どももハーグ条約の適用となる。
現在、総領事館では未成年者に対して日本のパスポートを発行する際、両親の同意があるか口頭で確認している。カナダ人の親から発行しないで欲しいというリクエストを受けることもあるが、その場合は、リクエストしている親が同意するまでは発行していない。
締めくくりとして、セミナー共催の隣組からスコットモンクリーフ知保里さんが、「誰に話せばいいのか分からないなどの理由で、一人で悩んでいる人が多いが、皆さんは一人ではありません。相談できる日本人専門家のいる機関もあるので、何かあれば隣組や総領事館などにまず聞いてみて、ネットワークをつなげていって欲しい」と出席者に訴えた。
その後も、出席していたVancouver & Lower Mainland Multicultural Family Support Services Society、Ministry of Social Developmentからの専門家が個別相談に応じ、充実したセミナーの幕を閉じた。

 

取材 西川桂子

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