在バンクーバー日本国総領事 岡田誠司氏
「経済外交ー実務的取り組みからの考察」

◉ 経済外交とは

昨年11月、日・カナダ経済連携協定(EPA)の締結を目指す交渉が始まった。このEPAが実現すれば、カナダにおける日系ビジネスに大きな影響を与えるだろう。EPAの背景を理解するためには、まず経済外交について知ることが必要だ。岡田氏は、自らがウルグアイ・ラウンド交渉に携わった時のエピソードを交えながら、経済外交をわかりやすく説明した。経済外交とは、経済ルールを作るための外交交渉だ。経済外交は大きくマルチ(多国間の交渉)とバイ(二国間の交渉)に分けることができる。多国間の交渉の例は、WTO(世界貿易機関)交渉だ。それに対して二国間の交渉には、EPAやFTA(自由貿易協定)の締結交渉などがある。

◉ 日本の国益を左右する国際交渉

国際交渉は外務省の役割だが、交渉の中身を見てみると、そこにはさまざまな物品やサービスが含まれており、農産品は農林水産省、鉱工業品は経済産業省など、それらを国内的に担当する官庁が存在する。そしてこれらの官庁の交渉に対するポジションは時に、全く相容れないものだ。例えば鉱工業品については日本は輸出国であるため、経済産業省は日本が輸出しやすいよう関税を引き下げようとする。それに対して農林水産省は、国内農家を保護するため、関税を高くしようとする。外務省は日本全体にとって何がプラスになるのかを判断し、慎重に交渉をしなければならない。

◉ 国際交渉の現場では
「ウルグアイ・ラウンド交渉での経験」

1981年に外務省に入省した岡田氏は、在カナダ日本国大使館での公務を経て1989年に本省に戻り、その後五年半にわたってウルグアイ・ラウンド交渉に携わった。18の交渉グループがある中で、岡田氏が担当したのはアンチ・ダンピング(AD)交渉。ダンピングとは、同じ製品を、輸出先の他国では自国内の価格よりも安い価格で販売することだ。この差額に対して、反ダンピング関税が課される。そのルールについての交渉が、AD交渉だ。当時の対立の構図は、日本や東南アジア諸国、インド、パキスタンなどを含む輸出国のグループと、それに対するアメリカ、カナダ、欧州連合(EU)の輸入国グループというものだった。交渉は難航し、交渉期間が長引くにつれ、とにかくまとめなければならないという政治的圧力が強くなっていく。結果として日本はアメリカと単独で話し合い、輸出国グループ内の開発途上国の要求を切り捨てて交渉をまとめた。つまり、それまで協力して交渉に臨んできたアジアの国々を裏切ることになったのだ。「私はそれはできないと思った。しかし、自分が決める立場にはありません。忸怩たるものがありました」と岡田氏は振り返る。そのようなことが他の交渉グループでも起こっており、結局ウルグアイ・ラウンド交渉は、「先進国が先進国の利益に基づいて、先進国同士で手を握ってまとめた」と言える。

◉ 今なにが起きているのか「マルチとバイの主客転倒」

このように、世界規模の交渉をまとめるのは極めて困難だ。そして、現在のドーハ・ラウンド交渉は、ウルグアイ・ラウンド交渉よりもさらに厳しい状況に陥っている。もう先進国の言いなりにはならないと決意した途上国は一つにまとまり、先進国と対立しているのだ。そのため交渉は全くまとまらないが、それでも経済は常に動き続けている。新しい経済現象には、新しいルールが必要だ。結果として、特定の国同士が協定を結ぶFTAやEPAが台頭してきた。つまり、本来は多国間の協定を補完するはずの二国間の協定が、国際経済ルールの主流になるという「主客転倒」が起こっているのだ。日加EPAの実現に向けた交渉も進んでいる。その現状について「今後も皆様にご報告していきたい」と語り、岡田氏は講演を締めくくった。

バンクーバービジネス懇話会会長 小田賢氏
「一商社駐在員の見たカナダ」

◉ 三菱商事の取り組み

カナダ三菱商事会社社長で、石炭ビジネスの分野で約20年にわたる経験を持つ小田氏は、資源に恵まれたカナダのポテンシャルについて講演した。世界90カ国に約200の拠点を持つ三菱商事は、その幅広い海外ネットワークを活かして多様な事業に取り組んでおり、カナダでは最近のシェールガス開発など、エネルギー資源分野の事業投資にも力を入れている。「商社というのは、時代背景や新しいトレンドを捉え、アメーバのように形を変えてビジネスをやっていく。必ずしも全てが上手くいくわけではないが、これからやろうとしていることがビジネスとして上手くいくのではないかという仮説を常に新しく構築し、検証を繰り返しながらチャレンジしていく」と小田氏は語る。

◉ 過去10年に大きく変化した
世界の石炭市場「カナダへの認識の変化」

鉄鉱石、非鉄金属、原油、石炭、天然ガス、森林資源など、カナダにはさまざまな資源がある。その中で石炭に関して言えば、カナダへの相対的な認識が近年上がってきているという。まず石炭価格の過去の推移を見てみると、中国の急速な成長が始まって以来原燃料需要が右肩上がりに増加する中で需給バランスが崩れ、2005年に価格が高騰した。その後も価格の振れ幅が尋常ではない。かつて石炭の輸出国であった中国があっという間に輸入国となり、当時中国からも輸入していた日本にとっては石炭の調達が非常に困難になった。そんな中で、カナダも含めた輸出供給国が注目を集めているのだ。世界有数の石炭輸出国である豪州などと比較すると、カナダの石炭は輸送距離が長く、採掘条件で見劣りするという一般認識があったが、近年の需給の変動はそのような差異も吹き飛ばす威力を持つ。最近、中国を始めとするアジア諸国を中心にカナダの新規案件に目を向ける動きがあるという。

◉ シェール(ガス・オイル)革命とカナダの大きな可能性

石炭の過去の価格動向とは対照的に、北米天然ガスの価格は近年大幅に下がった。その理由は、水平掘削と水圧破砕の技術が開発されたことで、地下深くのシェール層に含まれるシェールガスやオイルが採取できるようになったことだ。このシェール革命により、シェールガス・オイル資源を持つアメリカとカナダが膨大なエネルギー供給能力を得た。実はシェールガス・オイルは、中国など世界の他の地域の地中にも存在しているが、それらの地域には北米ほど発達したガスパイプライン網がまだない。それを今から作るとしても、相応の時間がかかるだろう。既存のインフラを活用でき、アジア諸国への距離的メリットも持つ北米にチャンスが訪れていると言えるかもしれない。

◉ カナダの構造変化「重心は東から西へ」

このようにカナダの持つ資源が新しいかたちで活用されれば、当然それを支えるインフラや関連産業も必要になるだろう。それはカナダの産業構造に変化をもたらすことも予想される。その変化の一つとして小田氏は、今までは東にあったカナダ国内の産業構造の重心が、西に動いてくるのではないかと語った。輸出国としてのカナダの視点はこれまでアメリカと欧州中心だったが、近年アジアの重要性が増している。また、エネルギーの供給増加は他の産業にも影響を与え、一度は他地域に出て行った産業が、北米に回帰する可能性もある。しかし、全ては仮説。その仮説に対する検証を繰り返し、挑戦を続けることが必要だと小田氏は強調した。

講演終了後の質疑応答では、カナダが世界の中で存在感を高め、経済的な成長を遂げるための方向性について参加者から質問があり、岡田・小田両氏は、カナダの人道支援活動、中立性、他国のパートナーとしての魅力などについて丁寧に語った。今年の新春懇談会は、両氏の豊かな経験に基づく考察に触れ、国際関係について理解を深める有意義な機会となった。

 

(取材 船山祐衣)

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