夫の書棚で見つけた一冊

18世紀から19世紀の英国の田舎の中流階級の女性と、まわりの人たちの恋愛と結婚を巧みな心理描写と得意のユーモアを交えて描いたイギリスの女流作家ジェーン・オースティン。世界中に根強いファンを持ち『Pride and Prejudice(高慢と偏見)』や『Sense and Sensibility(分別と多感)』など映画化作品も多数。
パーカー敬子さんは大学の英文科を卒業した1957年に渡加。子育てをしながらトロント王室音楽院の教師試験に合格したという勉強家だが、そのころ夫の書棚に見つけた一冊がオースティンとの出会いだった。
『高慢と偏見』を読み始めたら気に入って、全作品6冊を読破。同じ作品をもう一度読み返したり、オースティンの未完の作品にも手をのばした。多忙な毎日の中で、読書に没頭するのは子どもたちが寝静まってからのひとときだった。

背景は古き良き時代

「オースティンの魅力は言い尽くせないほどあります」と話すパーカーさんは「歯切れの良い英語の響き、簡潔な表現法、ちょっとしたことでもチクリとくる皮肉(irony)とユーモア」など、最初から英語で読んだからこそわかる利点をあげる。
『高慢と偏見』に描かれたのは「一応は秩序のある中流社会の魅力、にもかかわらず非常に限られていた女性の一生、今の言葉で言うなら『コンカツ』に全精力を傾けている母親、ヒロインが人を見誤っていることとかハキハキと自分の意見を述べる女性であること、18世紀から19世紀にわたる『古き良き時代』を思わせる雰囲気など」と、読書談義は尽きない。
オースティンの小説というと、結婚相手を探している女性の話、めでたしめでたしで終わる小説という風に看做されがちだが「裏を探れば深遠な考えも見えてきますし、人間はどうあるべきかを問うてもいるのです。当時の英国で社会問題、経済問題になっていたことも、登場人物を通して取り上げています」と解説する。

一番好きな作品『エマ』

恋愛の橋渡しをするエマと、彼女を取り巻く登場人物たち。18、19世紀の英国の生活様式に魅せられながら、真の恋人は誰なのかと、読者はオースティンの世界に引き寄せられていくことだろう。
「シリアスなところもありますが、基本的には喜劇なのですから、笑ったり微笑んだり苦笑したり、そして考えさせられることがあれば、この本はその役を果たしたと言えるでしょう」とパーカーさん。『エマ』はオーステインの作品の中でも一番好きな作品だという。
本書の中からいくつか質問してみた。
ナイトリー氏が、エマの父親に『お父さん』と呼びかけるところがある。日本語では他人を親しげに呼びかけることは当たり前だが、英語では他人を「ファーザー」と呼ぶことはまずない。「英語ではすべてがユー(You)ですが、日本人がわかりやすいように『お父さん』としてみたのです」。同様に、エルトン夫人がジェーン・フェアファックス嬢に向って『あんた』と呼ぶ点も、登場人物の人柄と上下関係を示すために、あえて『あんた』を使った。
七五調を使ったり、語呂合わせをしたり、日本の童謡や有名なオペラのアリアから借用した言葉もある。「意識的にしたのではなく、自然に頭に浮かんできたのです」
エマも含めて当時の中流以上の人は、夕食のたびに正装に着替える。「原文ではdinnerですが、それを『晩餐』と訳すと不自然なので『夕食』にしました」。夜遅く、ウッドハウス氏が来客にゆで卵とワインを勧める理由も、ウッドハウス家の夕食が4時と聞けば納得がいく。

ジェーン・オースティンの会

1979年、ジョン・キムラ・パーカー氏の演奏を聴きに行ったニューヨークで、『ジェーン・オースティンの会』について知り、2年後、北米ジェーン・オースティン協会に入会した。
「当時はインターネットもなく探し当てるのは大変でしたが、オースティンの長兄の末裔のビクトリア在住の方と連絡が取れ、文通を始めました」
その後バンクーバー支部長に就任し、2007年にバンクーバーで開催された同会年例会の準備及び実行委員長を務めた。
子育てが終わった1989年からはパートタイムでUBC大学院に入学。音楽を教える時間を削り、夏休みを利用してコースを取得しながら4年で英文科の修士課程を終了した。

女性ならではの細かな翻訳

オースティンの英語はむずかしいと言われるが「慣れてしまえば、そんなことはありません。シェークスピアでも、リズムの関係上言葉の位置を変えていることがわかれば、むずかしいことはないと思います」
翻訳にあたっては、読みやすい、理解しやすい、をモットーとした。『エマ』の日本語訳はすでに現存だが、本書はパーカーさんが的確な日本語を用いて、当時の英国の歴史やしきたりなどを織り込みながら9カ月半かけて翻訳したもの。日本人女性ならではの細やかな気遣いが感じられる。
翻訳期間中に夫のジョンさんを亡くしたが、亡き夫の励ましを胸に、喪失感を翻訳への使命に変えて本書を完成させた。
「いつまで時間があるとも限りませんが、一冊ずつ、できれば全6冊の翻訳本を出版したいと思っています」と、意欲的だ。
年齢を感じさせない小柄な体から、落ち着いた自信があふれている。

(取材 ルイーズ阿久沢)

 

パーカー敬子さんプロフィール

東京都立駒場高校を経て1957年東京女子大学文学部英米文学科卒業。同年カナダに渡る。1964年にトロント王室音楽院の教師試験に合格し、40年余りピアノと音楽理論を指導。1993年UBC大学院文学部英文科で修士号を取得。1950年代後期よりジェーン・オースティン研究を始め、1981年に北米ジェーン・オースティン協会(Jane Austen Society of North America略称JASNA)に入会。その後バンクーバー支部長を務め、2007年にバンクーバーで開催されたJASNA年例会の準備及び実行委員長を務める。JASNAの機関紙に数度寄稿。ジョン・キムラ・パーカー氏(カナダ勲章叙勲)、ジェイミー・パーカー氏(ともにピアニスト)の母。バーナビー在住。

『エマ』ジェーン・オースティン作 パーカー敬子訳

恋愛の橋渡しを気取るエマが、紳士的男性ナイトリーによって自らを見つめ直し、成長し結婚するまでを描いた恋愛小説。オースティンの最高傑作と名高い。
出版社名:近代文藝社
定価:本体2500円+税
ISBNコード:978-4-7733-7815-3 C0097
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