花咲き乱れる手が行き届いた庭には愛犬が遊び、玄関のドアをノックすると明るい声が返ってきた。スタジオを兼ねる自宅で仕事中の真理子さんは、快く記者を迎え入れてくれた。ここで『お伽の国のアリス』に出てくるような版画作品が制作されているのだ。

現職に至った経緯はどのようなものでしたか?

幼い頃から絵を描くのが大好きで、外で遊ばずに一人で絵を黙々と描いていました。
本人は至って幸せだったのですが、両親は心配していたそうです。幼少の頃は観た映画や自分に起こった出来事をノートに漫画で描いていました。漫画家になりたいと思っていましたが、コマ割りの線を引くのが面倒だという理由で断念しました。後になってから、そういうことはアシスタントがしてくれるのだと知りました。夙川学院短期大学美術科ビジュアルデザイン・イラストコース専攻卒業後、バブル経済絶頂期にもかかわらず就職はしませんでした。フリーランスでイラストレーターになり、関西リクルート社出版に7年間半専属のような形で席を置いて制作していました。カナダに来たきっかけは、大阪のとあるアート・プロジェクトでカナダ人の夫と知り合い8年の交際を経て1999年に渡加して結婚しました。そして、バンクーバーに移住してからもアート制作を続けています。

現在はどのような活動をしていますか?

銅版画(エッチング)

こちらに来てから学生時代に製作したことのある銅版画制法が自分の描きたいイメージにあっていると実感しました。エッチングの工程は人によって様々ですが、私の場合、ひたすらスケッチをして、その中で版画にしたいと思ったものを更に描き込みます。
磨いた銅板にグランドという液を表面に塗り乾いたところにスケッチしたイメージをトレースします。ニードルでイメージをなぞるとグランドが削り取られてその部分が腐食されます。腐食によって刻まれた線にインクを詰め、プレス機に掛けて紙に転写します。加筆しながら試し刷りを繰り返します。とても手間のかかる工程ですが、版と紙を剥がす瞬間に満足のいく刷り上がりが顔を覗くと、嬉しさ一杯でそれまでの苦労が吹っ飛びます。現在もグランビル・アイランドにあるマラスピナ版画工房で版画制作を継続しています。この工房を通じて色々な版画家と知り合うことができ、バンクーバーのアート事情を垣間見ることができました。ここは私にとってとても貴重な場所となりました。版画制作の作品はバンクーバー、そして、故郷の大阪で定期的にグループ展、個展を開催し発表しています。

絵本の挿絵

絵本の挿絵をしたくて必死になった時期がありました。まずカナダの出版社を調べることから始まり、リサーチ、ウェブサイトも自分で勉強して制作しました。売り込み用のポートフォリオを作り自分の色に合う出版社に送りましたが、カナダの子供絵本出版はマーケティング上、とても入り込むのが難しく狭き門だと分かってきました。そんな中、運良くannick pressさんに声を掛けて頂き、何十冊も著作を出されているDiane Swansonさんの挿絵の依頼を頂くことができて大興奮でした。好評を頂いて二冊出版しました。知人の子供達がその絵本の私の絵を指差して、くすくすと笑う姿を見た時は、なんともいえない感激で涙が出そうでした。Heavenly Monkey出版との本はハンドレタープレス(活版印刷)で印刷するため部数は極少数ですが、手製本コレクターがいるので一冊$600ほどもするこの本は、ほぼ完売の状態です。機械印刷とは違って私が手で一枚一枚刷った版画が、美しい活版印字と一緒に綴じられたこの本は、私にとって特別なものです。

スケッチ・アーティスト

版画制作の他には、全く別の分野であるフィルム・セット(主にテレビ・コマーシャル)のコンピューター使用によるスケッチ・アーティストとしての活動もしています。
クライアントはほとんどがアメリカの企業。ビール会社や歯ブラシ会社など様々ですが、多いのはバービーなどのマテル、フィッシャー・プライスなど子供玩具のコマーシャル。アート・ディレクターの撮影セットのアイディア・イメージを私がイラストにして、それを基にクライアントや撮影ディレクター達と形にしていくのです。小道具のデザイン画をすることもあります。昔は手書きでスケッチをしていましたが最近はほとんど全てコンピューターで描いています。とにかく変更が分刻みで入ってくるのでやはり便利です。忘れた頃に自分が手掛けたCMがテレビ放送されているのを見掛けると嬉しかったり、ほとんど映っていなくてがっかりしたり。あんなに大揉めした部分が1〜2秒、しかもぼやけてほとんど分からない程度だったりすることも。それでも映っていればよい方です。仕事が始まると不規則でハードな裏方仕事ですが、やりごたえのある仕事です。

お仕事以外にどのような活動をしていますか?

趣味はガーデニングです。家で仕事をすることが多いので、休憩時に自分で育てた庭を見て回る時間を大切にしています。フッと心の癒されるひと時です。愛犬と遊ぶ時間は心が解放される瞬間です。創作の波に乗って一日中机に向かっていることもあります。

真理子さんの抱負をお聞かせ頂けますでしょうか?

いろいろな仕事をしていますが、自分は版画家であると感じています。アーティストは作品を発表することに意味があると思います。発表しなければ、ただの趣味に終わってしまいます。そして、活動を続ける為には作品の販売もしていかなければならないのです。そのためには、バンクーバーや日本だけでなく、もっともっと展示の場をワールド・ワイドに増やして行きたいと思います。版画の世界的な技術から見ると、私などはまだまだひよこであると感じていますので、これからも作品を造り込んで行く必要があります。今までは小さい作品が多かったので、もっと大きな作品に挑戦してみたいです。

バンクーバー新報読者へのメッセージは?

私の作品には世界に訴えるような強い偉大なメッセージがあるわけではありません。
でも、私の作品に触れて一瞬でも別世界に迷い込んで「ふふふ」と笑ってもらえたら本望です。私の近作にはウサギが多く登場します。ある日突然、頭の中にウサギが現れ手招きされ、深く考えずにモチーフとして描いてみようと思いました。すると、そこからたくさん面白いことが生まれたように思います。時には頭を空っぽにして目の前に現れたモノに付いて行っていってみると新しい発見に繋がるのでは、と思ったりします。いつも、では困りますけどね。

自宅のスタジオの机の上には巨大な虫眼鏡のような版画用の道具が設えてあり、針の先ほどの細かい作業を続けて心温まるイメージをこの世に生み出している真理子さん。これから彼女が作り出す世界がどんなふうに広がっていくのか楽しみである

(取材 北風かんな)

 

版画の個展 “Rabbit Escape”

会期:2012年11月29日(木)〜12月5日(水)開場時間:12:00 -6:00pm
休廊:12月3日(月)会場:Visual Space(2075 Alberta Street Vancouver)604-739-0429
www.visualspace.ca

作家在廊のオープニング・ナイト:

11月29日(木)6:00pm -9:00pm

ティー・パーティー:

12月2日(日)2:00pm -6:00pm

まつおかたかこさんとの二人展

会場:モノコト ギャラリー(大阪)会期:2013年1月21日〜27日 www.mono-coto.net

安藤・スペンサー・真理子さんプロフィール

大阪府出身。バンクーバー在住の版画家&イラストレーター。夙川学院短期大学美術科ビジュアルデザイン・イラストコース専攻卒業後、大阪を中心にフリー・イラストレーターとして活動。1999年に結婚を機にバンクーバーへ移住。版画家として活躍しながら、カナダではannick press社から本人が挿し絵を担当した本が二冊出版される。銅版画の挿し絵で手製本出版も果たす。
ウェブ : www.marikoando.comブログ : http://solecala.exblog.jp

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。