日系人墓地の修復整備

数ある八木氏のボランティア活動の中で多くの人に知られているのが、戦争中の強制移動によりバンクーバー島各地に放置され風化したり破壊されたりしていた日系カナダ人無縁墓地の修復整備ではないだろうか。
チメイナス、ダンカン、ポート・アルバーニ、カンバーランドへは、故雑本久雄氏(VJLS-JH理事・当時)とロイ井上氏(カナダ仏教団会長・当時)と一緒に何度も通い、戦中・戦後に風化してしまった日系カナダ人のお墓の確認や、埋葬記録の復元を図った。募金集めをし、墓地管理者と交渉してチメイナスとポート・アルバーニ墓地に合同記念碑を建立するまでには、25年以上の歳月を費やした。
最後の仕事として取り組んでいるのがカンバーランド日系人墓地の整備だ。ナナイモから北へ100キロの元炭鉱地カンバーランドに、日本から最初の100人が入植したのは1891年だった。日系人墓地には戦争勃発までの約50年間に約200人が葬られている。戦中の強制移動後にここに戻った日系人はなく、木製墓標は風化して朽ち落ち、墓地は草木に埋もれていた。東部に移動した日系人有志により1968年に石碑は1カ所に集められ、当時の親戚や知人からの聞き込みで日本語の過去帳が復元されていた。
八木氏たちは墓地の修復を呼びかけ、カンバーランド村議会の支援も受けて募金活動と修復活動を開始。現在墓地は村のヘリテージサイトに指定され、墓地の周りの柵や入り口周辺の舗装など一部改修工事が終わっている。

桜の咲く公園墓地に

無縁墓地の修復事業は長年に渡る地道な調査と何回もの視察によって遂行されたプロジェクトだが、八木氏にはまだ次の計画がある。
昨年、立命館大学の河原典史教授と日本語学校の有志10数人とで、古い墓石に刻まれた埋葬者の名前と出身地を書き取った。約100人の名前が古い漢字で刻まれてあり、風化や破損で読みづらい。「正確な発音が定かでないため、日本語の過去帳を英語に直す作業が特に困難を極めています。その名簿を元に、河原教授の協力でご遺族・親族探しをしています。福井から一人、熊本から二人の親族が見つかりましたよ」
日系人のいない人口4000人ほどの村で、日系の墓を維持することには無理がある。そこで桜の木を植えて明るい公園墓地にし、できれば将来散骨もできる、誰からも親しまれる場所に蘇生したい。そんな構想も持っている。

カナダ留学業界の草分け役

1等通信士として外国船に勤務した後カナダへ移住。日系3世の恵子さんと結婚して間もなく、日系知人からカナダでも教育を受けることを勧められ、30代でサイモンフレーザー大学経済学部へ。
卒業後はスイス銀行系投資リサーチ会社勤務、香港駐在を経て1977年に独立。日本の厚生省(当時)とかけ合い北米のビタミンE剤を最初に輸出したり、領海200マイル問題と併せ北米産の水産物の輸出事業にも関与した。
1986年バンクーバー万博で一般催事部門の相談役を担当後は、日加ワーキングホリデー制度の開始とともに若者からの相談が相次いだ。翌年出版した『カナダ語学留学とワーキング・ホリデー』(三修社)は4〜5万部のベストセラーに。どこの教育委員会もカレッジも個人留学生を受け入れていない中でカナダ留学相談業務を開始し、日本人生徒を受け入れる教育委員会やカレッジの門戸を開いていった。

感謝の気持ちに重さはない

仕事と併行して、バンクーバー仏教会とカナダ仏教団の書記長、VJLS-JHの理事長などを歴任。
創立100年余りの歴史を持つ日本語学校は恵子さんの母親が戦前に卒業した学校で、子どもたちも通学していた。八木氏は、校舎と会館の建て替え事業(Y2Kプロジェクト)が竣工・完成するまでの1988年から12年間、VJLS-JH理事長を務めた。膨大な募金活動の課題は多くの問題を派生させ、不特定多数からの6億円の募金はまさに「雲をも掴むような仕事」であった。
このころ訪ねたのが東禅寺の橋本随暢住職だった。師から諭された言葉が『思無邪』。「邪心があったら浄財は絶対にやって来ない。野望を捨て、無心になって募金活動に臨むべき」との教えだった。
「亡くなった雑本さんがよく言っていたのは『5ドルもらっても5万ドルの寄付をいただいても同じ、ありがとう!の気持ちを表わすこと』。要するに、浄財の多寡で気持ちの重さは変わらないということなんです。心してこれらの言葉を守ってきましたよ」
2000年に落成した総工費6億余円の新校舎建築事業による負債も、今年6月、完全に返済した。

人間関係のつながり

「船乗りとして得た国際的視野からか、物事をゆったりと捉え広い目で見ることができる人ですね」。VJLS主任の内藤邦彦先生が語る。「ほかの日本語学校が多く開校した時期、八木さんは、日本語をカナダに普及することが目的で、生徒を奪い合うことではない。他校に負けないように教育面で頑張りましょう、とおおらかに構えたんです」
移住当初、カナダの義父母の社会的信用の裏打ちで助けられた。「ジョー・小島の娘婿か」とか「みっちゃんの娘婿か」と呼ばれたのが、10年から15年経つと「仏教会の八木さん」「日本語学校の八木さん」に変わっていった。「日系人の子どもに伝えたいことは、そういった社会的信用の大切さですね。人間関係のつながり、コミュニティとの触れ合いがないと(学校は)ダメになっていく。だからお年寄りは『年を取って何もできないから』と言われるけど、口ヘルプでいいから(笑)と言って学校のバザーなどに手伝いに来ていただくわけです」
杖をついたお年寄りを卒業生が案内する。「まごころで成り立っている心の財がこの学校にはあると思います」
日系社会の始まりの地であるパウエル街で、いつでも誰でも受け入れられる団体の雰囲気を大切にしたいという。

 

(取材 ルイーズ阿久沢)

 

八木慶男(やぎ・よしお)氏

1941年岐阜県生まれ。1961年現名古屋電気工学院電気通信科卒業。1等通信士・甲種船舶通信士の国家試験に合格。1968年まで海上勤務。同年カナダに移住。1973年サイモンフレーザー大学経済学部卒業。スイス銀行傘下のERC社に入社。日本・香港に駐在後、1977年独立。カナダと日本・台湾・韓国間のビジネス・コンサルタント業を開始。エキスポ'86バンクーバー万博一般催事アドバイザー、カナダ留学コンサルタント。バンクーバー仏教会とカナダ仏教団の書記長、バンクーバー日本語学校並びに日系人会館の理事長などを歴任。バンクーバー在住。妻、恵子さんとの間に1男1女がいる。
著書に『カナダ語学留学とワーキング・ホリデー』(1987年、三修社)、『カナダ大陸横断鉄道の旅』(健友館)、『カナダ留学事典』(白馬出版)、『親としてこれだけは知っておきたいカナダ高校留学』(パリッシュ出版)、翻訳本に『銀の経済学—70年代究極の投資対象』(J・スミス著・ERC出版)、『通貨危機と国際マネーゲーム』(ハリー・ブラウン著・平安書店)などがある。

 

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