白フクロウ減少の謎
野鳥の保護に従事する高橋さんにとって、夏は雛の数を調べたり、必要に応じて足に標識をつける多忙な時期だ。2009年の夏もそうだった。天皇皇后両陛下ご来加の際、カメラマンとして本紙取材班に加わった高橋さんは、両陛下を見送ったその足で、ムラサキツバメの巣がある川べりへ駆けつけた。
今年は絶滅の危機にあるメンフクロウが、高橋さんが作った巣箱で雛をかえした。2007年、行政組織メトロバンクーバー管轄のコロニーファームにある建物の側面に、高さ1メートルの巣箱を取り付けた。雛がかえったのはそれ以来これで3回目。
カメラやコンピューターが得意な高橋さんは、巣箱にウェブカメラを取り付けておいた。巣箱内を観察して研究に使うほか、近くの幼稚園で園児に雛の写真を見せたりもしている。
「カナダ西部のメンフクロウは今年、カナダ野鳥研究協会によって絶滅危惧となりました。数が減った原因の一つに農薬が挙げられます。メンフクロウが食べたねずみが農薬のかかった穀物を食べていたということです」。農薬が及ぼす危険性。これは人ごとではない。
もうひとつ考えられるのは、数が減ったため近親での交配でDNAが重なり、寿命が短くなったということだ。「もしそれが証明されたら、数が安定しているカリフォルニアあたりから何十羽のメンフクロウを捕まえてきてここに放つという計画もあります」
野鳥の足取りをつかむ
「自然のあるところに住みたかった」と話す高橋さんは、化学工学エンジニアとして1966年に家族とカナダに移住。58歳で早期退職してからは個人で、そしてバークマウンテン・ナチュラリスト(Burke Mountain Naturalists)協会会員として、野鳥や自然を写真に収めながら保護活動を続けている。これまで撮った数々の写真はコキットラムのコミュニティ紙やリバービュー病院のニュースレターに掲載されている。
バークマウンテン・ナチュラリストの活動の中に、野鳥の雛の足に標識を付ける作業がある。これによって野鳥の足取りをつかむことができるわけだが、そう簡単にできるものではない。特にムラサキツバメは沖合いに立つ杭に巣箱を設置するため、ボートからはしごをかけて3メートルもの高いところで作業しなければならない。十数年にわたり自分の持つ小型の作業船を操って協力してくれる船長は、いつも作業が始まると必ず「もしはしごから落ちるときは必ず海に飛び込めよ、そうすれば拾ってやるから」と言う。固い船の上に落ちると怪我をするからだ。また川に入って行き、水底に板を置いてはしごを立てることもある。巣箱の中に手を入れてつかまえようとすると雛が暴れたり、親につつかれたり。捕みそこねて雛を水の中に落としたら大変だ。
そんな高橋さんの知識と経験を頼りに、メトロ・バンクーバーほか、UBCやSFUの大学研究員が共同調査を持ちかけてくることもよくあるという。
世界の樹木が250種
リバービュー病院は1913年、郊外の自然に囲まれた場所での治療を提供するため、コキットラムの高台にある244エーカーの広大な敷地に340人の精神病患者の住まいとしてスタートした。1955年の最盛期には入院患者4726人、従業員2200人を記録。寄宿舎や家族用ホテル、郵便局やベーカリー、ボーリング場やダンスホールなどの娯楽施設もあり、一つの町を形成していたという。
北米では園芸作業や草花を観賞することを精神病患者の治療に取り入れていたため、植物園が造られ、道路を隔てたコロニーファームでは患者が農作業を行った。
世界各国から船で運ばれた250種の樹木は1800本にも及んだ。その中にはカナダに2本しかない木もある。現在、多くの木が寿命の100年を迎えたため、倒れる前にUBCの森林学部などの植物専門の団体が挿し木、接ぎ木などの保存処置をしている。
リバービュー病院の閉鎖
高橋さんご夫妻の案内で敷地内を回った。時折警備員が巡回するほかは至って静かだ。丘陵のあちこちに趣きのあるれんが造りの建物が点在し、広場や野球場のある景色はキャンパスを思わせる。一部の建物は『The X-File』『Elf』『Juno』など映画撮影にも使われたという。
「あそこのカフェテリアで、入院患者とよくコーヒーを飲みましたよ」。高橋さんは、入院患者を散歩に連れ出すボランティアを5年も続け、金賞を受けた。
1965年から、精神病患者は各自治体で治療するべきとの法令により、患者の移転が始まった。「建物というのは使わないとたちまち悪くなります」と、外観を指差す高橋さん。人が住んでいないというだけで、こんなにも老朽化するのかと驚かされる。
自然地の保護を訴える
リバービュー病院の今後の利用法については連邦政府、州政府、コキットラム市、自然保護団体、土地開発・不動産団体らで話し合いが行われている。「不動産団体がその一部を荒地だとして住宅地にしようとしていますが、我々はあれは荒地ではなく野生生息地だと説明しているわけです。そこへ先日ヘリテージ・カナダ(連邦政府民族遺産省)がリバービュー病院をトップ10に選んだことから、コキットラム市もこの自然地の管理問題には協力的な姿勢を見せています」
高橋さんらは10年前からそのエリアの整備のグループに参加して作業に当たっている。ブラックベリーが繁殖するととげで大きな動物が通れなくなるため枝を伐採したり、野生動物や原生植物が生殖しやすいような細工をしたり。「熊やコヨーテが来たり、最近はヤマネコがいます。鹿は少し減りましたが」
渡加以来この近辺に住む高橋さんは、農地が住宅化され、野生動物や野鳥の住む場所が減って行くのを見てきた。所属する自然保護団体は、敷地内の建物を学校やコミュニティの場などに再利用することでこの自然の宝庫を守っていきたいと、地域住民や政府当局に呼びかけている。
(取材 ルイーズ阿久沢)
高橋清さん プロフィール
ナチュラリスト。1932年群馬県出身。80歳。群馬大学工学部卒業。化学工学エンジニアとして1966年、家族とカナダへ移住。58歳で早期退職してからは野鳥や自然保護活動、コミュニティのボランティア活動 に従事。バークマウンテン・ナチュラリスト(Burke Mountain Naturalists)協会、バーナビー・ワイルドライフ・レスキュー・アソシエーション所属。NGO機関を通して開発途上国での技術指導に参加。2009年、BC州より地域に貢献した人に贈られるLive Smart Community Heroesの冬季自然部門をはじめ、リバービュー病院患者支援ボランティア5年勤続賞、コキットラム市からSpirit of Community Award、ポートムーディーからEnvironmental Award、その他を受賞。妻の美那子さんとコキットラム在住。娘が3人、孫が2人いる。